環境が激しく変化する時には,必ずそれに適応して勢いを増していく者と,適応できずに取り残される者が出る。自分はどちらだろうと考えると,この要領の悪さと優柔不断さからいってどう見ても後者だろうと思わざるを得ない。そして,今,間違いなく時代の大きな変化が進行している。

要領の悪い自分がどうすれば生き残れるのか

 変化をもたらしているのは言うまでもない,インターネットだ。その大きさは産業革命に匹敵するという論者もいる。産業革命は富をもたらすと同時に,資本主義を発達させることで資本家と労働者という階級も作り出した。インターネットや携帯電話は我々の生活を便利にしたが,同時に我々は遠く離れた海の向こうの人々やコンピュータと職を争うことにもなった。

 この濁流のような時代の変化の中で,個人が生き延びていくためにはどうすればよいのだろう。およそ生命力や適応力の旺盛でない自分にとって,それは常につきまとって振り払うことのできない不安だった。

「『お金のこと』が頭から離れなかった」

 そんなことをずっと考えていたから,梅田望夫氏の新刊「ウェブ時代をゆく ─いかに働き、いかに学ぶか」を読んだとき,驚いた。梅田氏の「ウェブ進化論」が「世界がどう変わるか」についての本であったとしたら,この「ウェブ時代をゆく」はそれと対をなす「個人がどう生きるか」をテーマとした,ウェブ進化論の完結編という位置付けの本である。そしてこの「ウェブ時代をゆく」の中で執拗に繰り返されるのは「サバイバルする」という言葉だ。

 梅田望夫氏は「ウェブ進化論」の中でインターネットがもたらす希望の側面に向けて徹底的に光を当てたことで,「あまりに楽観的すぎる」という批判を浴びた。しかしこの「サバイバルのリフレイン」を見ると実は,本当の梅田氏は慎重もしくは臆病,あるいはペシミスティックな人物なのではないかとさえ思える。梅田氏は,楽観的であることを自分に課しているのではないか。

 考えてみれば,梅田氏はシリコンバレーでひとりでコンサルタントとして起業した,小さな会社の経営者である。少年時代,父親が経営する会社の倒産という体験もしている。「私自身は父が死んだ二十歳のときから四十歳を過ぎるまで,『お金のこと』が頭から離れることがひとときもなかった」と梅田氏は告白する。サバイバルするという言葉は,日々の実感からこぼれてくる言葉なのだろう。

競争力となる「好き」をどう探すか

 梅田氏はどうやって「サバイバル」してきたのか。「好きを貫け」と,梅田氏は叫ぶ。世界中と競争しなければ意味がなくなりかねない時代,対象に没入して極められることが最大の武器になる。仕事だから,と義務感でやっていてる人間は,そのことが好きでずっとやっていて苦にならないという人間には絶対に勝てない。

 でも,あなたは自分にはこれしかにない,と言い切れるものがあるだろうか。それだけの確信を持って生きている人はそうはいない。自分は何なのか,探している人のほうが多数派なのではないか。

 どうやって「好き」を探しあてるか。梅田氏が実践してきたのは,氏が「ロールモデル思考法」と呼ぶやり方だ。自分にとっての「好き」のアンテナが反応する,「ロールモデル」になりそうな人物や生き方を手当たり次第に探し,“引き出し"に蓄えておく。次の一歩をどう踏み出せばよいか迷ったら,引き出しからモデルになりそうな人物を取り出し,置かれた状況に合わせてアレンジして,自分の生き方にしていく。そして常にロールモデルをコレクションしながら,環境が変わり,新しい「好き」が必要になったら,引き出しを開ける。

以前には存在しなかった生き方が,憧れの生き方になる

 実は,梅田氏は「日本の若者にとってロールモデルとなりうる人物を紹介すること」を,ずっと続けてきた。その記録は梅田氏の連載「シリコンバレーからの手紙」で読むことができる。梅田氏がメンバーのひとりであるシリコンバレーのNPO(非営利組織)「JTPA(Japanese Technology Professionals Association)」のブログでも見ることができる。

 「ウェブ時代をゆく」でも,新しいロールモデルとなる人々の生き方が紹介されている。梅田氏は「まつもとゆきひろ氏が起こした小さな奇跡」という節それを紹介している。まつもと氏は,顧客のシステムやパッケージではなく,オープンソース・ソフトウエアであるRubyを開発することでネットワーク応用研究所と楽天技術研究所のフェローとして働き,生活の糧を得ている。まつもと氏だけではない,Linuxカーネル・メンテナのAndrew Morton氏など,オープンソース・ソフトウエアを開発することを仕事にするプログラマが何人も出てきている(関連記事)。

 かつて,野球をすることで飯を食うという生き方は存在しなかった。けれど,多くの人々の努力と試みによってそのことはシステムとなり,プロ野球選手になるための標準的なプロセスも存在する。年収数億円のプロ野球選手も登場するようになった,とまつもと氏は言う。プロ野球選手という職業の出現と同じようなことが,今起きようとしている。

我々を待つ「もうひとつの地球」を作るという仕事

 「サバイバル」のほかにもうひとつ,この本の中で繰り返し語られている言葉がある。「もうひとつの地球」という言葉だ。梅田氏はこれから何十年もかけて,ネットの上にもうひとつの地球が作り上げられていくという。それは物質でできた地球と対をなす,情報でできた地球だ。

 「もうひとつの地球」という言葉が思い起こさせるのは,まだ拓(ひら)かれていない空き地だらけのネットの上にそれを作り上げるため,我々を待っている気が遠くなるほどに多くの仕事だ。もうひとつの地球の建設は始まったばかりだ。物質の地球とのインタフェースも,まだまだあまりに貧弱で,我々はネットに自分の見たものや感じたことを記録するためにあまりに多くの時間を取られている。そして現在のネット人口より多くの,まだアクセスできていない,やがてやってくるたくさんの人々がいる。

 もちろんそこには光があると同時に影の部分もある。しかし前に進むために楽観的であることを貫くこと。それが梅田氏がシリコンバレーというフロンティアから学んだ生き延びるための方法なのだろう。