Q 入社2年目の田中が,私が注意するといきなり電話機を放り投げ,緊張で震え始めました。その後も「僕を馬鹿にしている。辞めさせようとしている」とブツブツ呟いています。田中は根は真面目で責任感も強いのですが…。今後どう接したらいいでしょう。 (42歳,男,SE)

 ふだん真面目で責任感の強い部下が,いきなり異常行動に出たことには,さぞかしびっくりしたと思います。

 もし仕事のしわ寄せが田中さんに集中していたり,田中さんがチームの中で浮いた存在であったりしたなら,かなりストレスがたまっていたと考えられます。特に,田中さんが仕事を抱え込むタイプでストレスを発散させるのが苦手であれば,怒りの感情を長期間抑圧していた可能性があります。こうした場合,なにかのきっかけで「かんしゃく行動」を引き起こすことは,十分にあり得ます。「質問のようなケースはまれだろう」と思うかもしれませんが,決してそうではありません。実際,筆者の相談室でも,突然の異常行動に関する相談をよく受けます。

 このようなタイプの部下に対しては,情緒的な面でのサポートが欠かせません。もし田中さんとのコミュニケーションが足りなかったと思えるなら,じっくり話し合い,ストレスをケアしてあげるべきでしょう。過去に田中さんとの間に感情的な問題があった場合は,その関係を清算する必要があります。さらに,直属の上司であるあなたのことを,田中さんはどのように思っていたのか?あるいは,あなたは田中さんをどんな部下だと思っていたのか?そのことをよく振り返ってみることも重要です。

 注意して欲しいのは,「じっくり話し合う」と言っても,時間をかければいいというものではないことです。話し合いの際は,隠し事をせずに自分の気持ちを田中さんに素直に伝えます。相手が話し始めた時は,それがどんな内容であっても,「それは違う」と反論するのではなく,まずはしっかりと受け止めることが大切です。

 1つヒントを言えば,攻撃や抵抗の気持ちを含んだ沈黙は,2人が折り合えるとても良いチャンスになります。また上司と部下という枠を外し,同じビジネスパーソンとして話し合うのもいいでしょう。

 一方,田中さんが会社に来なくなったり,来たとしてもワケの分からないことをブツブツ言ったり,カラ笑いや妄想のような言動がある場合には,病院やクリニックの精神科を受診させる必要があります。これだけの情報ではなんとも言えませんが,精神障害が原因でかんしゃくが起こることもあるのです。例えば,「緊張病型」の精神障害の場合は,同じ動作を何度も繰り返したり,突如身動きを停止する意味不明の行動が表れます。こういう場合は,産業保健スタッフに連絡し指示を仰いでください。

 学級崩壊の例でも分かるとおり,最近の若い人はちょっとしたことで「キレル」傾向にあります。学校の先生も同じことでしょうが,結局は上司であるあなたが部下と綿密なコミュニケーションを取る以外に方法はありません。とはいえ,メンタルヘルスを「個人の問題」としてだけとらえるのも限界があります。この問題は「組織の問題」としても考えるべきなのです。そのためには,社員へのメンタルヘルス研修やリスナー(話の聞き方,伝え方)研修など,企業としてのメンタルヘルス対策の仕組み作りが欠かせないと言えます。

武藤清栄 東京メンタルヘルスアカデミー所長
1974年東洋大学社会学部卒,76年国立公衆衛生院(現国立保健医療科学院)衛生教育学科卒。民間相談機関の「心とからだの相談センター」主任カウンセラー,サンシャイン医学教育研究所,秋元病院精神科カウンセラーを経て,現在に至る。関東心理相談員会会長。日本精神保健社会学会副会長。著書に「雑談力」,「号泣力」(いずれも明日香出版社),「本音力」(ロゼッタストーン)など