ユーザー企業の投資のスタンスを知るには、財務諸表の情報を分析するだけでなく、その企業が成長期にあるのか成熟期にあるのか、企業のライフサイクルを把握して課題を理解することが重要です。今回は、有価証券報告書の情報を基に顧客企業の状況を理解した上で、財務諸表を分析して提案活動につなげる手法を解説します。

 日本企業が株主を重視する姿勢を強めるにつれ、特に上場企業は、非常に多くの情報を株主へ開示するようになりました。ソリューションプロバイダにとっては、これらの情報が顧客企業を知るための有益な情報源となるわけですが、膨大な情報リソースすべてにアクセスしていては、いくら時間があっても足りません。実際の提案活動では必要な情報を選別し、効率的な分析を行うことが求められます。

 提案を行う際には、顧客企業の投資に対するスタンスを把握する必要があります。「企業は30年で生涯を終える」などと言われるように、企業や事業には成長、成熟、衰退のライフサイクルがあり、その段階ごとに投資に対するスタンスは異なります。成長段階にあれば「事業発展のための施策」を、成熟段階にあれば「事業効率化のためコストメリットの出る施策」を優先的に行う傾向にあります。

 顧客企業の状況を知るためには、客観的な数字を用いた財務情報を把握することが重要です。しかし財務情報は、期末時点、または1年間の経営成績を表すもので、その情報だけでは、企業がどのライフサイクルにいるのかを把握することは困難です。企業のライフサイクルを知るには、「企業の発展過程」や「市場環境」などの情報が欠かせません。その上で財務諸表情報を分析し、定量的な裏付けを基に課題を理解すれば、より説得力のある提案ができるのです。

 今回は、多くの企業情報の中でも、企業のライフサイクルを探る上で有益な「有価証券報告書」を題材に、どう提案活動に活用するかを説明します。有価証券報告書は、上場企業が自社の状況を記したもので、証券取引法で規定され、開示を義務付けられています。財務諸表情報はもちろん、企業や事業の状況、企業の認識する課題など、財務諸表の背景を探る上で重要な情報が豊富に記されているのです(図1)。

図1●有価証券報告書からは、多くの企業情報が入手できる
図1●有価証券報告書からは、多くの企業情報が入手できる

 企業が開示する情報には、有価証券報告書のほかにものようなものがあり、これらのほとんどは企業のホームページから入手できます。

表●企業の主な開示情報
表●企業の主な開示情報

沿革情報や事業内容から事業の経年変化を分析

 それでは、ある卸売業のP社を例にとり、有価証券報告書からどのように顧客企業の状況を読み取り、財務分析のポイントを明確にすることができるのかを具体的に見ていきましょう。

 まず「第1企業の概況」では、事業構造や業績の状況から顧客企業のライフサイクルを把握できます。P社では「主要な経営指標の推移」から、2004年までは売上高や利益、従業員数などの指標が増加し、事業が拡大してきたことがうかがえます(図2)。しかし2005年以降は、売上高が横ばいで推移する一方で利益率は低下傾向にあり、成長が鈍化していることが認識できます。「沿革」「事業の内容」からは、単一事業で全国に営業所を展開していることが分かります。

図2●連結決算により、グループ財務の実態が浮き彫りになる
図2●連結決算により、グループ財務の実態が浮き彫りになる

 続いて「第2 事業の状況」で、P社が成熟段階を迎えている背景を確認していきます。

業績等の概要(抜粋)
・企業間競争の激化による低価格化が進み、当社の業績も厳しい状況で推移いたしました。
・一部地域の既存営業所におきましては、販売量および売上高の減少が進んでおり、不採算営業所の統廃合に取り組んでまいりました。
・その結果、前年を下回る売上高228、経常利益9、当期純利益4となっております。

 P社の成長の鈍化は、属する業界の市場縮小や競争激化にも関係がありそうです。また「販売の状況」における営業所数の推移からも、P社の成長鈍化は読取れます(図3)。2002年以降、全国の営業拠点網確立に向け営業所数を拡大してきたものの、2005年以降は不採算営業所の統廃合を実施しています。

図3●P社の営業所数の推移
図3●P社の営業所数の推移

 加えて、「第3 設備の状況」を経年で比較すると、設備の新設額が減少傾向にあり、P社が設備投資を抑制していることが分かります。

 ここで有価証券報告書の「事業の状況」に記載された「対処すべき課題」を確認すると、「コスト競争力の強化」が示されていました。ここまで把握した情報を踏まえると、P社は「成熟段階の市場でも収益が生み出せる会社に変わるため、コスト削減に着手する方向にある」ことが分かります。

 こうした課題を理解し、財務分析で具体的な改善点を探ることができれば、説得力のある提案ができます。P社の場合、財務分析を行う視点として、コスト競争力に関する改善点を、例えば「投下資本に対する売上高の状況」「売上高に対する利益の状況」に分解して分析することが考えられます。具体的な指標としては、P/L(損益計算書)での粗利率や売上高販管費率、B/S(貸借対照表)の総資本回転率などを経年比較、他社比較することが挙げられます。