付加価値の高い提案活動には、顧客企業が置かれている現状と目標を的確に把握する能力が求められます。そして財務情報の理解は、その有効な手段です。財務諸表の基本的な活用方法や顧客企業の抱える課題を発見するテクニック、実際の提案活動における活用方法について、6回にわたって解説します。

 「来週までに提案書を用意してほしい」「当社の戦略を十分に踏まえ、そこに寄与するような提案をしてもらえないか」。数年前に比べると、顧客企業の事業のスピード感は速く、ITソリューションへの期待レベルも格段に高くなっています。その要求を十分に理解した提案ができているでしょうか。

 日本経済の回復や盛んなM&Aなどを受け、企業の経営姿勢は「企業価値の向上」を目指した攻めの戦略へと大きくシフトしてきました。経営コンサルティングのシーンにおいても、例えば「選択と集中」を経て絞り込まれた事業の成長戦略立案などの案件を通じ、この変化を感じることができます。

 ITが企業の経営戦略と密接な関係をもつようになった今日、IT投資に対する企業の考え方は、当然その戦略に応じて変化していきます。企業価値の向上を目指して動き始めた企業は、戦略の転換に伴って積極的にITソリューションの活用を検討し始めています。その一方で、IT投資で想定する効果を自社の目的(企業価値の向上)と照らし合わせ、そこに一定の整合性を見出せるような投資案件を選定する傾向が強まっています。

 ソリューションプロバイダの売り物はITソリューションですが、そのサービスが企業の目標に対してどのような効果をもたらすのか、このポイントをしっかり説明することが、実際に顧客企業が導入したいと思えるような最適なITソリューションの提案につながります。提案の機会を「ITソリューションの提供」と考えるより、むしろ「経営(ビジネス)戦略上の重要な目標達成の支援」という見方で捉えなければ、顧客企業が期待するレベルの提案を行うことは難しく、場合によっては全く的外れな提案を行ってしまうことにもなりかねません。

 こうした傾向を踏まえると、最近の提案活動では、自社のサービスを中心としたIT分野の知識・ノウハウもさることながら、それ以上に、顧客企業が置かれている現状と目標を的確に把握し、提案に反映する能力が求められるようになっています(図1)。

図1●ユーザー企業への提案アプローチの変化
図1●ユーザー企業への提案アプローチの変化
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 顧客企業の期待に応える提案の第一歩として、顧客企業の現状と目標を十分に理解することが不可欠です。顧客企業が掲げるさまざまな目標の多くは、定量的な数値目標です。そして数値目標の多くは、企業活動の写像ともいえる財務情報に基づいて設定されています。つまり財務情報を理解することは、顧客企業が置かれている現状と目標を把握する上で極めて有効な手段となります。

顧客の課題を把握し、提案の効果を理解する

 ここまで述べてきた通り、顧客企業の期待に応える質の高い提案をするためには、「顧客企業が置かれている現状と目標を的確に理解すること」から始めなければなりません。

 まずは、顧客企業のホームページや四季報、インターネットのニュースサイトなど、比較的容易にアクセス可能な情報ソースから、情報を収集します。収集できる情報は、業界動向(業界トレンド、同業他社の動向)、最近の顧客企業の動向(経営トピック)、顧客企業の基本情報(売上高、経常利益、従業員数、設備投資状況)など、多岐にわたります。これらの情報が、顧客企業を的確に理解するために必要な情報です。

 そして取り分け重要な情報の一つが、顧客企業の財務諸表なのです。ここで、財務情報を活用するポイントを2点整理しておきましょう。

 1点目は「機会の認識」です。前述の内容と一部重複しますが、財務情報から顧客企業の現状と目標を理解することにより、「改革、改善が求められている理由」と「改革、改善により目指している姿」を理解することができます。財務情報を活用することで提案すべき領域を的確に把握し、顧客企業が掲げる目標に 沿った提案方針を設定して、「顧客に期待感を抱かせる提案書」を作成することが可能となります(図2)。

図2●提案書の構想策定までの流れ
図2●提案書の構想策定までの流れ

 2点目は「効果の理解」です。財務情報を活用することで、自らが提案するサービスが顧客企業の目標達成において、どの点にどのくらいの影響を与えることができるかを具体的に理解することが可能となります。その結果、自信を持って自らのサービスの効果を具体的に示した「アピール力のある提案書」を作成することができるようになります。

 本連載では財務諸表の基本的な活用方法に加え、顧客企業の抱える問題の本質を発見するテクニックを紹介します。そして、実際の提案活動における財務諸表の活用法について解説します。財務諸表の情報を収集する効果的な方法や、典型的なITサービスの提案を想定した具体的な活用例も紹介していきます。

仮説検証型のプロセスで財務諸表を分析

 次回以降は、個別の財務諸表の具体的な分析や活用方法を紹介していきますが、その説明の前に、全体に共通する基礎的な内容として、「財務諸表の分析をどのように進めるべきか」といったテーマについて話を進めましょう。

 顧客企業が目標に到達するため解決すべき課題には、多くの種類やレベルがあります。すべての課題を財務諸表の分析だけで把握することは不可能です。したがって漫然と財務諸表を眺めるのではなく、顧客企業に関する経営上の重要な情報のうち、財務諸表から読み取れる情報を論理的に解析しながら仮説を立てることが重要になります。

 そして仮説をさまざまな角度から検証することにより、企業の戦略、企業の強み・弱み、経営上のリスク、あるいは潜在的なビジネス機会や脅威を読み解くことができるようになります。つまり、効果的(かつ効率的)に財務諸表を活用するためには、日ごろから図3に示すような「仮説検証プロセス」を意識して分析力(思考技術)を鍛錬し、財務諸表を分析する習慣を身に付けることが重要なのです。

図3●財務諸表活用のための仮説検証プロセスStep1
図3●財務諸表活用のための仮説検証プロセスStep1