「ITproを作っている記者の人達って、優雅な方々ばかりなんでしょうね。2台目の携帯電話を持つかどうかなんて、ITの現場で仕事をしている我々にはそんな議論をしている暇はありません」。

 ある製造業の現場にいて、その企業を支える情報システムの開発と運用にかかわっている方から、こう叱られたことがある。お叱りは、弊社の記者がITpro上に「1台の携帯電話を私用と仕事の両方に使う是非」についてコラムを書いたことに対してであった。その方によると、「まともな企業でまともな仕事をしている人間なら携帯電話を2台持つのは当たり前」であり、兼用の是非など議論する余地もないと言う。

 実際、この方は携帯電話を2台持っている。1台は自分で購入した個人用、もう1台は会社から支給された業務用である。業務とは情報システムの維持管理を指す。システムに異変が起きると、早朝だろうが深夜だろうが携帯電話に連絡が入る。直ちに事務所へ駆けつけないといけない。仕事仲間や開発作業を委託しているソフト会社のエンジニアなど、周囲の人間も皆、携帯電話を2台持ち、万一の連絡に備えている。

 2台の携帯電話を常に持ち、電話に追いかけられる状態が望ましいと思っているわけではない。「記者の皆さんが会社から携帯電話を支給されていないのは結構なこと。だからといって『2台目を持つべきか』なんてお書きになっていると、ITの現場にいる人達から『この記者は何を言っているのか』と突っ込まれますよ」。これが、その人が言いたかったことであった。

 面と向かってこう言われると、その記事を書いた記者に成り代わって反論したくなる。だが筆者は黙って聞いていた。その人と議論するといつも負けるからであるが、この時はもう一つ理由があった。2台どころか、筆者は携帯電話を1台も持っていなかったのである。正確に言うと、携帯電話というものを持ったのは過去に数度だけであり、その時は息子の携帯電話を借りた。普段はまったく使わない(持っていない)。

 したがって事務所からひとたび外に出た筆者に対し、何人も連絡をとることはできない。仕事の関係者や上司・同僚の要望と、筆者の奥方の要望はことごとく食い違うが、携帯電話についてだけは見事に一致しており、取材先でも事務所でも飲み屋でも、そして家にいても、皆から「携帯電話を持て」と言われてしまう。

 携帯電話を持っていない話はこれまでにも何度か書いた。このため時折、「なぜ携帯電話を持たないのか」と質問される。だが明確な回答ができない。「なんとなく時流に乗り損ねました」と言ったりするが、「今から乗ればいいでしょう」と切り返されると「仰る通りですが・・・」となり、歯切れがますます悪くなる。これでは「嫌なものは嫌」という筆者が最も嫌いな姿勢になってしまう。

 確かに携帯電話がないとコミュニケーションに支障を来す。目の前にいる人とも話がうまくできない。携帯電話の話題には一切付いていけないから、初対面の人から「アップルのiPhoneって凄いですね」と話しかけられたりすると返事ができず困ってしまう。

 先日、携帯電話に関する原稿を受け取り、それを読んでいた時もかなり苦労した。なにしろ、そこに出てくるメーカーや製品名がよく分からない。そもそも企業名なのか製品名なのか、その判別すらできない。やむを得ず、インターネットの検索エンジンで固有名詞を調べては、「おお、組織の名前だったのか」「こんな製品があるんだ」などといちいち感心していた。冒頭に紹介した方からまたお叱りを受けそうである。

 その原稿は、インテリジェントウェイブの安達一彦会長に書いていただいた「iPhoneの大ヒットを阻む、日進月歩のスマートフォン市場」である。安達会長には「アメリカにいて気付くこと、日本にいるとなかなか気が付かないことを書いて下さい」とお願いしている。同社が開発した犯罪防止ソフトをアメリカで売るため、安達会長は普段、ニューヨークに住んでいる。

 安達会長が前回書いた原稿「iPhoneで活気づく米携帯市場、決済関連サービスもようやく開始」も携帯電話についてであった。ここで年齢を持ち出すのはおかしいかもしれないが、安達会長は60歳を過ぎているにもかかわらず、PDAやスマートフォンに強い関心を持っている。コンピュータが大好きなのだろう。iPhoneの発売日にショップに出かけて実機に触ったり、欲しいと思ったスマートフォンを買うためマンハッタン中のショップに電話をかけたりする。筆者にはとてもできない。

 ところでiPhoneを絶賛していた安達会長だが、実際には別のスマートフォンを買ってしまった。その顛末については、筆者が理解するのに苦労した「iPhoneの大ヒットを阻む、日進月歩のスマートフォン市場」を読んでいただきたい。まったくの余談だが、筆者は安達会長がこのコラムで紹介している、ニューヨークタイムズのWebサイトに掲載された動画像を見て軽いショックを覚えた。