内村 篤貴
NTTコミュニケーションズ
関西営業本部ソリューション営業部システムエンジニア

 WAN高速化装置は,拠点間通信のレスポンスを改善する製品だ。この製品は従来,「WAFS」(wide area file services)という名称で呼ばれることが多かった。その名のとおり,広域なネットワーク経由でのファイル共有,つまり「CIFS」の高速化に特化した製品が主流だったのだ。それが最近では高速化できるアプリケーションの種類が広がり,WAFSにとどまらない使い方が増えたため,現在の名称が定着した。

 WAN高速化装置は,ブロードバンド回線を各拠点に導入すれば不要になると思えるが,むしろブロードバンドが普及した最近になって存在感が高まっている。その理由は,WANの使われ方が変わってきたからである。

 ブロードバンド化により十分なWANの帯域が確保されたことで,セキュリティの向上や,サーバー運用コストの削減を目的とした,サーバー集約の潮流が高まっている。情報の保管措置を規定する「日本版SOX法」がこの潮流に拍車をかけている状態だ。

 ところが,実際にサーバーを集約し,各拠点からWAN経由でサーバーにアクセスする形態を採用した企業は問題に直面する。各拠点にサーバーを置いていた場合に比べると,レスポンスが悪化するのだ。たとえ,回線帯域が十分であっても,通信する拠点間の物理的な距離が長ければ遅延は必ず発生する。この問題を解決するには,WAN遅延対策を施す必要があるのだ。

WAN高速化装置のコア技術は2つ

 WAN高速化装置は,遅延を克服する代表的な二つのテクノロジを搭載する。一つはWANに流れるトラフィックを減らすための「キャッシュ(図1)」。もう一つは通信手順を効率化して遅延の影響を減らす「プロトコル・アクセラレーション(図2)」である。これらを組み合わせれば,レスポンスの劇的な改善が期待できる。

図1●キャッシュ機能によるWAN高速化の仕組み
図1●キャッシュ機能によるWAN高速化の仕組み
送信頻度の高いデータを高速読み出し可能な記憶装置に蓄積し,データを容量の小さいデータに変換。WAN上を流れるトラフィックを大幅に減らす。
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図2●プロトコル・アクセラレーションを使って高速化した場合のCIFSの通信
図2●プロトコル・アクセラレーションを使って高速化した場合のCIFSの通信
サーバーがデータ転送を始めると,サーバー側のWAN高速化装置がクライアントの代わりにACK(確認応答)を返す。遅延の小さいLAN内で通信シーケンスを終端し,サーバーが次のデータを送りだすまでの時間を短縮。拠点間のデータ通信を高速化する。

 キャッシュは,使用頻度の高いデータを高速読み出し可能な記憶装置に蓄積しておく仕組みである。ブラウザ内に存在する「インターネット一時ファイル」とは異なり,ファイル単位ではなくバイト単位でキャッシュを実行する点に特徴がある。バイト単位のキャッシュは,転送するファイルが全く同じでなくても圧縮できる。データの一部が一致すればそれを記憶装置に蓄積できるからだ。これによりWAN上を流すデータ量が少なくなるので,短時間で通信を終えられる。レスポンス向上が見込めるわけだ。

 例として,クライアントが「A~J」の文字列を含むファイルをサーバーへ送信した場合を考えてみよう。WAN高速化装置はこれらの文字列データを符号化し,容量の小さなデータに変換してからキャッシュに蓄積する。図1では,「A~J」を「1」に変換している。次に,「A~N」までの文字列データを含むファイルを送信したとすると,WAN高速化装置は前回キャッシュした「A~J」の部分を変換後のデータである「1」に置き換えて送信する。従って,WAN上に流れるデータは「1KLMN」となる。対向のサーバー側に設置したWAN高速化装置は,「1KLMN」というデータを受信すると,元の文字列である「A~N」に復元してからサーバーに渡す。

 このように,バイト単位のキャッシュは,従来の技術と比べて大きなトラフィック削減効果がある。ユーザーが初めて転送するデータでも,他のデータと共通する要素が多ければ,WAN高速化装置が蓄積したキャッシュにヒットする可能性があるので,レスポンス劣化を防ぐことが期待できる。加えて,同じファイルを2回連続して転送する場合は驚異的なトラフィック削減効果をもたらす。実際の製品で計測したところ,多くの機種がトラフィックを95%以上削減できていた。

 もっとも,WAN高速化装置のキャッシュが効果をあげない場合もある。IPsec(IP security protocol)やSSL(secure sockets layer)といった暗号化通信のデータをやり取りしているケースである。暗号化された通信はパケットに含まれるデータの中身を判別できないので,キャッシュ・データとして保存できないからである。

ACKを代理応答して高速化

 プロトコル・アクセラレーションの特徴は,代理応答の仕組みを備えていることにある。代理応答とは,サーバーがデータ転送を始めると,サーバー側のWAN高速化装置がクライアントの代わりにACK(確認応答)を返すというものだ。遅延の小さなLAN内で1回のやり取りが完了するので,サーバーが次のデータを送信するまでの時間が大幅に短くなる。

 サーバーからデータを受け取ったWAN高速化装置は,遅延の影響を受けにくい通信手順を使って対向のWAN高速化装置に転送する。具体的には一度に連続して送るデータ量を増やすなどして,遅延の影響を極小化する。

 さらにWAN高速化装置がキャッシュ・データを保持していれば,転送するデータ量も大幅に削減される。遅延の影響を受けやすいプロトコル,例えばWindows向けのファイル共有プロトコルであるCIFS(common internet file system)を利用するケースでは,プロトコル・アクセラレーションは必須のテクノロジとなる。

 最近はCIFS以外にも高速化の対象領域が広がっている。例えばデータベース向けの問い合わせ言語であるSQLや,Windows上でメールを扱うためのMAPI(messaging application program interface),UNIXシステムでファイル共有を行うためのNFS(network file system)などである。

 最近では,HTTP(hypertext transfer protocol)に対応する製品も増えてきた。HTTPはCIFSやSQLに比べて遅延の影響を受けやすいわけではない。ただし,キャッシュによる高速化だけではなく,効率の良いHTTPリクエストの転送やファイルの先読みといった機能を実装することで,ユーザーの利便性を高めている。

内村 篤貴(うちむら・あつたか) NTTコミュニケーションズ  関西営業本部ソリューション営業部システムエンジニア
1998年日本電信電話に入社。1999年のNTT再編時にNTTコミュニケーションズへ異動。IP-VPNなど法人向けネットワーク・サービスのマーケティングに従事したあと,現在はソリューション営業を行うSEとして活動中。