ここ数年、グローバルなIT経済の原則は「業務と仕事をインドに移転する」という動きだった。このルールに沿って、米IBMやEDS、アクセンチュア、CSCなどITサービス大手が続々とインドに数万人規模の要員を擁する拠点を築いた。伸びゆくインド市場にくさびを打ち込むことと、グローバルなソフト/サービスのデリバリーや研究開発拠点とするのが狙いである。

 中でも、2002年から急速展開したIBMは既にインドIT市場の10%を握り業界リーダーとなった。インド国産ITサービス企業の日本法人幹部によれば、インドIBMは今秋遂に6万人規模に達し、携帯電話サービスや不動産、国営銀行、国税庁などの優良顧客と次々に契約を結んだという。今では彼の地において「SWITCH」と総称されるインド系ITサービス大手6社の恐るべき競争相手になっている。

 06年にインド国産企業が2万5000人、インドIBMが1万人をそれぞれインドで新規に採用した。しかしIBMはそれでも足りないと、昼食時を狙ってインド系IT企業の門前に「IBM社員募集中」と書かれた小型バスを派遣したり、通りに面したところに大きなリクルート広告を掲げ、社員を奪う。

 こういう「えげつないIBM」(インド系日本法人の幹部)に対して、インドのITサービス業界団体Nasscomは皮肉にも、IBMのサミュエル・パルミザーノCEOを「06年のインドのITリーダー」に選出した。同CEOは今年5月にインドへ飛び、2010年までにインドIBMを10万人超の規模にすると政府高官に確約している。

 このように米企業はインドを目指す。一方、インド国産IT企業はアウトソーシングのさらなる「アウトソース」に動く。06年からそれが顕著になってきた。第一の理由は利益の圧迫だ。今年に入ってからルピーが対ドルで12%高騰したほか、9月の米IDCの調査によれば、インドにいるIT技術者の平均年俸は昨年の18.3%増をやや上回る18.7%に上昇し1万5300ドル(約180万円)となる。インド企業は、売り上げの大半をドルで受け取るがインド人スタッフの費用をルピーで支払うことが多く、ルピーや人件費の高騰は直接ハネ返る。

 また、英語以外の言語を話す従業員への需要、そして世界のITバックオフイスとして成功したインドに続けと台頭めざましい新興国との競争が、従来モデルに挑戦状を突きつけている。先のインド系日本法人の幹部は、インドに大量に降り注いだアウトソーシングは将来、「世界中から出された仕事を、世界のどの地域でも処理できるようになる」と見ている。

 変化する勢力地図と戦い、登場した競合相手を打ち負かすために、インド企業も需要の先回りをして新興国で従業員を雇い、拠点を構え始めた。タタ・コンサルタンシー・サービシズは5月に、メキシコのグアダラハラに新オフィスの設置を発表した。同社は既にブラジルやチリ、ウルグアイでも5000人が働く。カナダ、中国、ポルトガル、ルーマニア、サウジアラビアにアウトソーシングセンターを持つウイプロは8月、米国アトランタに開発センターを開設した。加えて、米国の中でも発展が遅れている州を活用するため、アイダホやバージニアでもハブの建設を検討中だ。インフォシスも負けてはいない。メキシコ、チェコスロバキア、タイ、中国のほか、ウイプロ同様コストが低い米国の地域で拠点開発を進めている。目標は顧客に近い場所でアウトソーシングに応える企業になることだ。

 インド企業に共通なのは、プロジェクトを切り分け、切り分けた部分をそれぞれ適切な社員に振り分け、その品質を二重チェックした上で組み立て直し、完成品として顧客に輸出すること。このインドで研ぎ澄まされた開発方式は、他の国でもクローン化が可能で、地場の競争相手に勝てるという。前出の幹部によれば、これは日本の自動車産業が70年代に米国でとった戦略に似ている。日本メーカーは日本人を使わずに米国で車を生産した。インド企業は、インド人なしでアウトソーシングを行おうとしているのだという。