CIO(最高情報責任者)職に関する哲学は、「実体験が欠かせない」ということだ。IT(情報技術)部門のリーダーとして会社の活動の価値を高めることを真剣に考えたら、現場に行くことが必要になるはず。自分のオフィスから外へ出て、社員や顧客が何を考えているか、何を求めているかをちゃんと把握しないといけない。

 私はこの哲学を頻繁に実践しているが、例えば2004年に客室乗務員の仕事をもっと深く理解しようと思い、ダラスと西海岸の間の航空機に何度も乗った。こうして客室乗務員が何を一番求めているかを把握した結果、顧客サービスの向上を熱望していたので、機内でのITの取り組みを変えることにした。2006 年5月に客室乗務員に携帯させる新しい端末を導入したのだ。客室乗務員はこの携帯端末で注文を取り、お客様はクレジットカード払いができる。機内で販売する商品の購入過程がお客様にとって容易になった。現金払いよりも購入のやり取りが早くなったし、お釣りの必要もなくなった。当社のこの取り組みは米国航空業界では初めてだった。

 お客様の航空機の利用経験を改善する画期的な試みはほかにもある。昨年11月に、国際便のセルフチェックインの機械を空港に導入したのだ。それまでも国内便ならウェブサイトや空港カウンターに設置したキオスク端末を使ってセルフチェックインができたが、国際便では不可能だった。しかし、この新しい機械にパスポートを差し込めば、簡単にチェックインできる。これでチェックインの順番待ちの列が短くなり、お客様に利便性と安心感を与えられる。既に国際便を扱う米国内の空港の半数にこの機械を設置。2007年中にもっと設置空港を広げる。

 今後、日本航空など「ワンワールド」というグローバルアライアンスで提携している会社との繋つながりが強くなる。そこで、例えば日本航空のICカード技術「タッチ&ゴー」をより深く知りたい。ほかのアライアンスメンバーとの交流も追求する。

搭乗前後の顧客経験もどんどん改善する

モンテ・E・フォード氏
モンテ・E・フォード氏
アメリカン航空は2006年の総旅客運行数で世界最大。グループ会社の便を合わせると、約40の国と地域の250以上の都市へ1日当たり約3900便を運航している。また、総運航収入はエールフランスKLMに次いで世界第2位である。同社は純粋持ち株会社AMR(テキサス州フォートワース)の傘下にある。

 私はアメリカン航空に2000年末に入社したが、当社の業績は2006年に6年ぶりの黒字となった。もっとも2億3100万ドルの利益を上げたとはいえ、業績は回復途上。4つの信条から成る再建計画を実行中だ。「競争力を高めるためのコスト削減」「将来のための健全な財政基盤作り」「顧客が求めるものを提供」「努力して一緒に成功」である。

 2006年の好業績を持続させるために、IT部門は特に従業員の生産性と顧客経験の両方をバランス良く向上させる施策を中心に、様々な工夫をしてきている。航空機への搭乗前、搭乗中、搭乗後のいずれの段階でも顧客経験をさらに良くするために、ITは大きな役割を果たす。

 例えば航空チケット販売サイト「AA.com」上で、航空機の利用頻度の高い顧客のために多数の仕掛けを施してきた。特に力を入れたのは、顧客が貯めたマイルをチケットと引き換える分野。4段階ある座席のグレードごとに、どの日程ならどの便が何マイルで予約できるかを色付きカレンダーを使って一目で分かるようにするなどした。

 また、欠航便の発生や搭乗便の変更などを知らせるサービスも改善した。欠航便が出た時に、メールや携帯電話などお客様が好む方法で通知するようにし、代わりの便の情報も伝える。当社はもともと顧客サービスでは競合他社よりも評判がいいので、今後もその優位性を保っていきたい。

 私はIT予算を投資ポートフォリオのように扱う。つまり、短期も長期も、低リスクも高リスクも、国内も海外も、たくさんのカテゴリーにバランス良く投資する。ただし、素晴らしいITの仕組みを実現するのに一番大切なのは人だ。つまりCIOとして最も力を入れるべき任務は、1000人以上いるITスタッフを満足させることである。

 そして、アメリカン航空でずっと働きたくなるような環境作りこそが、ITスタッフを満足させるための重要な鍵になる。具体的に言うと、それは人種的にも事業的にも多様性がある環境のことだ。さらに、CIOである私が強いリーダーシップを発揮して多くのスタッフの創造力を促したり、新しい考えを褒めたたえるべきである。

モンテ・E・フォード氏 アメリカン航空 上級副社長 兼 全社CIO
1983年に米ノースイースタン大学で経営管理を専攻。米アソシエイツ・ファスト・キャピタル(現在シティグループ)と米ボストン銀行で上級管理職を務め、2000年12月にアメリカン航空のCIOに就任。米『ブラックエンジニア誌』で2004年と2005年に技術分野の重要な黒人50人に選ばれた。