社会保険庁(以下,社保庁)の改革と宙に浮いた年金記録,さらにそれらを処理する情報通信システムについて,大きな話題となっている。これらについて,私は「そもそもITガバナンスが欠落しているからではないか」という疑問を持っている。ちょっと考えただけでも分かることだが,情報通信システムを刷新するだけで,社保庁が抱える諸々の問題が解決するわけではないだろう。

 そうした疑問を解くため,ここしばらく,社保庁関連の公開資料を精読,検討を続けている。すると,業務プロセスと情報通信システムの乖離(かいり),情報通信システムを活用する上での組織風土の未熟さ,十分なITリテラシーを持つIT専任者の不足,守旧的な情報通信システム開発方法論の闊歩(かっぽ),プロジェクトの監査不十分,等々の問題が浮かび上がってきた。

 社保庁問題については,ITpro WatcherのCRM Watchdogでも数回にわたって取り上げた。だが,CRMをテーマとするCRM Watchdogで取り上げ続けるのは,話題の性格からして適当ではない。そう思い,新しい連載記事の中で,私の疑問が資料ではどのように記述されているかを検証していくことにした。

社会問題化した5000万件の宙に浮いた年金記録

 社保庁の新システムへの移行は,社保庁問題が話題となる以前から決まっていた。2007年春になって宙に浮いた5000万件の年金記録が社会問題化したため,一気に注目を集めることになったが,それまでの主な経緯は以下の通りである(図1)。

図1●社会保険庁の新情報通システム移行に関する主な経緯
図1●社会保険庁の新情報通システム移行に関する主な経緯

 さらに,現在までに社保庁自身が公開したものを含めて,以下のような資料が公開されている(表1)。

表1●現在までに公表されている社会保険庁システム関連の資料
資料名 発表時期 概要 公開URL
社会保険オンラインシステム刷新可能性調査 2005年3月31日 社保庁の業務分析,システム分析及び評価と刷新案を検討・策定したもの。提案多数 http://www.sia.go.jp/topics/
2005/h0331.html
社会保険業務に係る業務・システムの見直し方針について 2005年6月30日 システム刷新の必要手続きと方針を定めたもの http://www.sia.go.jp/topics/
2005/n0630.htm
社会保険業務の業務・システム最適化計画 2006年3月29日 システム刷新計画を策定,公表したもの。現行システムについても説明 http://www.sia.go.jp/topics/
2006/n1101_2.pdf
日本年金機構業務システム調達計画 2007年8月6日 最適化計画の対象となる情報システムのうち,基礎年金番号管理システム及び記録管理システムを対象範囲として,計画を策定したもの http://www.mhlw.go.jp/
sinsei/chotatu/chotatu/
nihonnenkin.html
全国健康保険協会システム調達計画 2007年10月2日 最適化計画の対象となる情報システムのうち,全国健康保険協会システムを対象範囲とし,計画を策定したもの http://www.mhlw.go.jp/
sinsei/chotatu/chotatu/
hokenkyokai.html

 まず,2005年3月に公表された「社会保険オンラインシステム刷新可能性調査報告書」がある。この資料は,社保庁がIBCS(IBM ビジネスコンサルティングサービス)に委託して,どのような情報通信システムを開発するべきか,どのような情報通信システムの可能性があるかを,1年をかけて調査して報告したものだ。

 この報告を受けて,厚生労働省と社保庁は「社会保険オンラインシステム」を年金システムと健康保険システムに分割し,それぞれに最適化計画を策定することを決定。2006年3月には「社会保険業務の業務・システム最適化計画」を公表した。この最適化計画は,社保庁の現行システムの詳細についても説明している。

 その後,2007年春の国会での質疑応答で,5000万件の宙に浮いた年金記録がクローズアップされることになり,現行システムに収録されていない納付記録や帰属先(被保険者)が不明な納付記録の存在が明らかなった。それからの経緯については,新聞報道などを通じてご存知の方も多いだろう。

 この問題を受けて2007年7月,社保庁の業務を監視するための年金業務・社保庁監視等委員会が総務省に設置された(表2)。厚労省・社保庁は同委員会に対して2007年8月,「年金記録適正化実施工程表案」を報告した。これは,現行システム下で帰属先が不明な納付記録等にどう対処するかを策定したものであり,工程が完全に実施されれば現行システムから新システムにクリーンなデータが引き継がれると期待されている。

表2●社保庁問題で設立された委員会/会議と資料などの公開URL
委員会/会議名 第1回会合 公開URL
年金記録問題検証委員会 2007年6月4日 http://www.soumu.go.jp/hyouka/nenkinmondai.html
年金記録確認第三者委員会中央委員会 2007年6月25日 http://www.soumu.go.jp/hyouka/nenkindaisansha.html
年金業務・社会保険庁監視等委員会 2007年7月25日 http://www.soumu.go.jp/gyoukan/kanri/kanshi/index.html
年金業務・組織再生会議 2007年8月23日 http://www.cas.go.jp/jp/seisaku/nenkin/index.html