心の病で休職していた社員が職場に復帰する際,診断書には「復職可」など「簡単な内容しか書かれていないことが多い」(NEC 渡辺氏)。そのため「どの程度の仕事を任せてよいか,判断が難しい」(うつ病の部下を持つ中堅インテグレータのPM)。

 職場には来ることができても,午前中は調子が悪そうだったり,ときどき気分が落ち込んでいたりすることも多い。そんなとき,自宅に帰した方がよいのか,食事に誘って話を聞いた方がよいのか迷うのだという。現場の対処法を見ていこう。

医療機関とのコミュニケーション

 NECでは医療機関に対し,診断書に加えて意見書を求めることにした。「治療継続」や「残業無し」などアドバイスがあれば仕事のアサインの目安になる。また,治療中も一定のタイミングで途中経過について医療機関から報告を受けることにした。

 大企業でない限り,ここまでシステマチックな対応は難しいかもしれない。だが,医療機関との連絡は現場レベルでもできないことではないので,可能であればやっておきたい。

 一般には,自分で仕事量をコントロールできる仕事や,何らかの達成感を感じられる仕事を任せることが望ましい。いつ終わるとも分からない顧客との折衝にストレスを感じている人であれば,いったんプログラミングを任せてみる。「モジュールを一つ作り上げるごとに達成感が生まれる。一つひとつは小さな達成感でも,それが積み重なることで回復が見られるケースがある」(金融系情報子会社のPM)。

 別のPMは,本人と相談しながら案件をアサインして,順調な回復に導いた。「発症前には5000万円クラスの案件を持っていた人だったが,いったん300万円の案件に変え,本人と相談しながら少しずつ案件の額を増やしていった」という。

 この患者のケースは,3カ月間のデスマーチの後にうつ病を発症し,4カ月間の休職を経て復帰したが,休職前のレベルに戻るまでさらに1年間をかけたという。今では優秀なメンバーの1人として活躍している。

ストレッサーとの緩衝になる

図4●現場のサポート
図4●現場のサポート
開発現場に応用できるカウンセリングの手法。「道具」「情緒」「評価」「情報」という四つのサポートを駆使する

 仕事のアサインの調整は主に会社または現場の長の仕事だが,同僚や部下など周囲にできることも多い。うつ病の原因となっているストレスを緩和するための手助けは,その一例だ。

 NRIラーニングネットワークの見波氏は「カウンセリングで利用する“四つのサポート”などの手法は開発の現場でも応用できる」と言う。四つのサポートとは「道具的サポート」「情緒的サポート」「評価的サポート」「情報的サポート」である(図4)。

 道具的サポートとは,その人にとってのストレッサーを直接軽減するサポート。負荷が高くて長時間残業が続いているのであれば手伝う。意地の悪い人が客先にいるのならその人と接しないよう担当を変えてもらうといったことである。

 情緒的サポートとは,ストレッサーは減らせないが本人の感情を和ませるサポートだ。ただし,むやみに励ますのが逆効果である点には注意しなければならない。ビーコンITの福元氏は次のように指摘する。

 「業務の状況をよく聞いて頑張れと励ます。問題点を洗い出してアドバイスする。大変だねと慰める。飲みに誘ってゆっくり話を聞く――これらはいずれも元気な人には有効だが,うつ病の人はかえって負担に感じる」。正しいサポート方法は「何をすればよいのかを伝えようとするのではなく,話をよく聞いて気持ちを共有すること」(福元氏)である。

 評価的サポートとは,文字通りほめること。「開発担当者は自分の仕事がどこでどのように役立っているか分からず仕事をしていることが多い」(中堅ベンダーのPM)。ほめるという形で仕事の意義を評価するのは,良いサポートになる。加えて「本人は自分が病気から回復しつつあることも分かってほしいもの。病気の話題に触れないのではなく,ときどきは声をかけて回復を評価することも大事」(ピースマインド 渡辺氏)である。

 情報的サポートとは,ストレスを取り除くヒントを与えること。製品のバグや仕様で困っているのなら詳しい人を紹介する。見積もりがうまくいかないなどの問題に直面しているのなら,解決できるツールの存在を教える,といったことだ。


カウンセラーの視点 頑張れと言ってはいけない?

富士通 健康推進統括部 メンタルヘルスサービス部 エキスパートカウンセラー 臨床心理士
福井城次氏

 うつ病の患者に頑張れと言ってはいけない――。

 まことしやかに語られている説ですが,そういう“おどしの教育”を何年もやってきた弊害が,今出てきていると感じます。周囲が頑張れと言わなくなって,うつ病患者やそれによる自殺者が減ったかと言えばそんなことはありません。

 もちろん,うつ病を発症しているにもかかわらず,まだ治療を受けていない人に向かって「とにかく頑張れ」などというのは本人を追いつめることになり,逆効果です。しかし,自ら病気と向かい合い,治療しようという意志を持つ人が同じようにネガティブに受け止めるとは限らないのです。私自身,復職後にまたストレスを抱えてしまいそうな人には「そんなことではダメだよ」と励ますことはあるし,効果もあります。

 復職後に腫れ物に触るように接したり,開発の現場で働いていた人に閑職を与えたりすることが正しい対処とは言えません。それは半人前扱いすることになります。むしろ,本人が自ら何とかしようという意志を引き出す言葉や態度が必要でしょう。(談)