内藤課長代理とりえぴーのコンビが攻める北北工業の案件は、いよいよ最終提案の時を迎えます。競合はIBWとジャパン電気の大手2社。なにか腑に落ちないものを感じる内藤課長代理ですが、完璧なプレゼン資料を作成したようです。一方、桜井君は新人の万田君をつれて、顧客のシステムのサポートを渋る協力会社に乗りこみますが、これが一筋縄で行きそうもなくて…。


「それではこれで当社の提案を終了させていただきますが、質問がございましたらお願いします」
 プレゼンが終わり、りえぴーこと後藤さんが周りを見まわして言いました。

「後藤さん、敬語おかしくないかい」
 小声でそっと聞いたのは内藤課長代理です。ここは北北工業の大会議室。今日は最終提案ということで生産管理システムのプレゼンにやってきました。
「いつも『チョーむかつく』とか言ってるから、おかしくなっちゃうんだよ。『ございましたら』じゃなくて、正解は『おありでしたら』だよ」
「大丈夫、みんな気づいてませんよ」
 本社工場の大会議室には20人程度の北北工業社員が話を聞いていました。持ち時間は60分で、質問時間を10分残しました。几帳面な内藤課長代理ならではの完璧な配分です。正面にはプレゼン用のスクリーン、脇にはホワイトボードがあります。そのホワイトボードにはIBWとジャパン電気の名前が書いてありました。
 質問がありません。最終提案は3社。トップバッターだったようです。気まずい時間が流れました。

「どうやら、このあと2社のご提案があるようですので、当社は早めに終わりまして、お疲れの皆様に休憩の時間を提供したいと思います」
 機転を利かせたりえぴーの発言に、張り詰めた会議室にどっと笑い声が響きました。「当社はユーザーオリエンテッドに仕事を進めるのがモットーでございます」
 重ねて言うりえぴーに漆原助手が笑いながら言いました。「あはは、素晴らしいご提案ですが、折角ですので、どなたも無いようでしたら私から」
 コンサルで入っている城南大学の漆原助手が質問を始めましたが、それが呼び水になり他の人も質問をはじめ、結局時間いっぱいまで質疑応答が続きました。

(イラスト:尾形まどか)

「なんだか盛り上がったね」
「チョーいけてますよ、あたしたち!」
 プレゼンが終わり、内藤課長代理とりえぴーが廊下でノートPCや余った資料を片付けていると、漆原助手と木梨特別研究員が通りすがりに言いました。

「お疲れ様です。大変良いプレゼンでしたよ」
「どうもありがとうございます、当社といたしましても精一杯やったつもりです」
「ぜひ、りえぴーを指名してね!」
「あはは、後藤さん。キャバクラじゃないんだから、指名するわけにはいかないよ」
 このままうまくいけば2億円の受注です。しかし、順当なら、財務システムを受注したジャパン電気が勝つでしょう。なんとか前回の雪辱を果たさねばと思う内藤課長代理です。生産管理は工場主導で選定する。だからジャパン電気が有利というわけではない、というのが城南大の2人の意見でした。でも、公平性を期すため既存ベンダーを外すとの方針から、競合に琵琶通が入っていないのに、どうしてジャパン電気が入っているのか。
 何度考えても腑に落ちない部分がいくつかある内藤課長代理でしたが、あの琵琶通の営業ならやむなし、というか、身長153センチのりえぴーをキャビンアテンダントと勘違いするような不注意なやつなら競合に呼んでもらえなくてもムリはないか、と自分を納得させました。『ここはお客の言う事を信じよう。とりあえず結果を待とう、今更当て馬にする必要もないだろう』自分を納得させる内藤課長代理でした。

「なに暗い顔してんですか。しっかりしてくださいよ。プレゼンは成功したじゃないですか」
「あ、ああ。そうだね」
 りえぴーにせかされ片付けを急ぐ内藤課長代理でした。

「というわけで、電話で桜井さんに申し上げた通り、サポートはお受けいたしかねるというわけなんです」
 桜井君と万田君が訪れた協力会社で、営業所長を名乗る小柄な男が重ねて言いました。
「病気の者を呼び出すわけにもいきませんしね」
「そ、それはそうなんですが…なんとかお願いできませんでしょうか?」頼み込む桜井君です。
「そうですね、どうしてもとおっしゃるなら…方法がないこともないのですが」
「なんでもおっしゃってください。できる部分はやらせていただきます」
「うーん、ではちょっと待ってくださいね」
 営業所長が何かの資料を取りに出て行きました。

「桜井先輩、これじゃ、どっちが客か分かりませんやん」
「黙ってろ。サポートがなくなって困るのは僕のお客さんだ。僕が頭を下げて済むことならなんでもする」
「…せやけどね。あいつ、無茶言うてきよりまっせ」
「な、なんでそんなこと分かるんだよ」
「なんとなく。勘ですわ」
「営業所長だよ。ここ、確か上場してるし。変なこと言わないだろ」
「いや、どうやろなあ…ま、よろし。ここは桜井先輩のお客様に対する誠意を尊重しましょ。せやけど、どうしょうもないような無茶言うてきよったら、僕がイッパツかましてよろしか?」
「なんだよ、かますって?」
 そうこう言っている間に営業所長が帰ってきました。

「そうですね、桜井さん。今サポートに割ける人員はこの2人です。で、今からあのシステムの勉強を1カ月やらしてですねえ。その後ですね、サポートできるのは。そして、この2人は1人月100万と110万ですから、勉強代で210万円をお支払いください」
「えっ!」
「その間、彼らの210万の売り上げがなくなりますから、当然でしょ?」
「そ、それおかしくないですか? 御社が開発したシステムなのに…ドキュメントは? 引き継ぎは?」
「そんな他人が作ったシステム、分かりませんよ。準備費用ということでお願いします」
『足元を見やがって』仕事を出したときは、この営業所長はペコペコと、もみ手でやってきました。この手のひらの返しようはどういうことでしょうか。あまりの怒りで桜井君は言葉が出ませんでした。

「さあ、どうしましょうか? 桜井さん」
 言葉をなくした桜井君を横目に、万田君が口を開きました。「所長はん、それで行きましょ!」
『こいつ、なにを言い出すんだ』桜井君は驚きました。
「万田さんでしたか、さすが新人は柔軟な対応がお出来になりますな。当社の立場を理解していただけますか」
「はあ、大変でんなあ。僕は分かりまっせー」
 制止しようとする桜井君に、万田君は目配せします。

「お話を要約すると、こうですな。メインのSEがカットオーバー後に入院。サブの2人は他のプロジェクトに入ってて近くにおらん。サポートするには全く初めてのSEに勉強させなアカンから金が要る、と」
「いや、おっしゃる通りです。こちらも苦労しておりまして、ご理解いただけるとは有難い」
「ほな、僕のお願いも聞いてもらえまっか?」
「なんですか? おっしゃってみてください」
「いま所長はんが言うたこと、紙に書いてくださいよ」
「え?」
 人差し指でメガネのブリッジを押さえた万田君の目が一瞬、光りました。

「開発した人間が入院しておらんので、210万出さへんかったら、サポートできませんって」
「…?」
「そういうこと書いて、あんたの名前も書いてハンコ押して持ってきてください。ほんなら210万払いましょ」
「その書面は何に?」
「うちの会社は、桜井みたいな頭の固い人間しか居ませんねん。そやから所長の話、僕らが伝えても誰も信じてくれへんというわけですわ。210万をひねり出すには、稟議を書いて上席の理解を求めんとあきませんねん」
「社内でお使いになる…」
「それから、僕には210万が安いか高いか分かりません。そやから相見積もりを取らせてもらいます。いちから勉強するんやったら、他社でやっても同じでしょ?」
「そ、それは…」
「で、こんなアホな話、誰も信じてくれへんやろから、所長の書面をコピーして見積もり依頼に添付しまんねん。まあ20社くらいにFAXで出したろかなと」
「そ、そんなことされたらウチは恥さらしなことに…」
「なんやと! 今何ておっしゃいました? その一言、聞き捨てならんなあ」 冷静に言葉を選んで話していた万田君ですが、一気に気色ばんで立ち上がりました。

「あんた、よそで言われたら恥ずかしいような話を僕らにしてたんか!」
「あ、いや…その…」
「若造や思うて、なめとったらアカンで! ガタガタ言わんと、入院かなんか知らんけど、今すぐ連れて来い!」
「は、はいっ!」

次回に続く

今号のポイント:日本語の使い方は難しい

 とかく、敬語は間違えがちです。日ごろは完璧に敬語を使いこなすベテラン営業でも、特に多数を相手にするプレゼンやイベント関係では何がなんだか分からなくなってしまうこともしばしば。ですから、プレゼンや司会挨拶などでは、スピーチの冒頭部分とシメの部分はキチンと下書きをして、周囲の人に確認してもらうことも必要です。
 それから方言も注意です。私は関西人なので、「しはる」という関西弁の敬語をよく使います。ところが先日、「それが敬語って知らなかったよ」と目上の人に言われてしまいました。冷や汗をかきました。皆さん、言葉の使い方、もう一度点検されてはいかがですか?

油野 達也
自らもトップ営業として活躍しながら、自社の営業担当者だけでなくパートナー企業の若手営業、SE転身組を長期にわたり預かる育成プログラムに尽力。ITコーディネータのインストラクター経験もあり。

出典:日経ソリューションビジネス 2006年3月30日号 54ページより

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