NGNで実現する新しい通信サービス

 ここまで聞くと「SMSがSIPアプリケーション・サーバーになるだけで大して変わらないじゃない」と声を上げる方がいるかもしれない。しかしIAMはSS7というプロトコル群のメッセージで,通信事業者などが持つサーバーを介さなければ拾えない。

 これに対して,SIPはIETFが標準を定めたプロトコルである。加えて3GPP/3GPP2は,NGNでSIPを使って呼制御を行うシステムをIMSとして標準化している。通信事業者が持つべきサーバーを含めて仕様が決まっているわけだ。

 さらにSIPはIPネットワーク上で利用されるプロトコルである。SIPメッセージを出した装置やそれを受ける装置,中継する装置をすべてIPアドレスで認識する。このためIPアドレスで通信相手を認識することにより実現されている,電子メールやコンテンツ提供など既存のサービスとの連携が容易なのだ。

 今までは実現が難しかったが,NGNで実現が可能な新しいサービスを,構築し運用する基盤が整ってきているのだ(図5)。

図5●パケット通信サービスとNGN
図5●パケット通信サービスとNGN
SIPを使うことで,通話サービスとIPアドレスで通信相手を認識するデータ系サービスの連携が可能となる。
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SDPとは「NGNとSOAの融合」

 公衆通信網の世界でNGNが議論されているのと同じように,ITの世界ではSOAがこれからのシステム構造として語られている。この両者を合わせたものがまさにSDPとなるため,以下でSOAについて解説しよう。なおSOAで言う「サービス」はWebサービスのことであり,SDPで言う「(通信)サービス」とは異なることに,留意いただきたい。

 1980年代の中ごろまで,情報処理では汎用ホスト・コンピュータにデータを集めて処理する形態が主だった。この状況は各種のサーバーとクライアントをIPネットワークで接続する形態になり一変した。サーバーとクライアントの両方に,相手がどのようなメッセージをどのようなタイミングで送ってきても,それに対応できるプログラムを作る必要が生まれたのだ。ここで考えられたのが「クライアントのプログラムが,通信プロトコルを意識せずにサーバーの持つデータにアクセスする方法」である。

 この方法による実行イメージは,ユーザーが音楽配信サービス会社のホームページで,聴きたい曲の「試聴」ボタンをクリックした場合に似ている。このとき,クリックをきっかけに小さなファイルがパソコンにダウンロードされ,まるで音楽を収めたメディア・ファイルがパソコンにあるかのように音楽が演奏される。実際は音楽が演奏されている最中もメディア・データがサーバーからダウンロードされ続けているのだが,これはユーザーには分からない。

 上記のようなサービスを実現するには,例えば音楽配信サービス会社は,試聴される曲ごとに,サーバーにソフトウエアのコンポーネントと,そのコンポーネントをパソコンから呼び出すための仕様を記述したインタフェース・ファイルを作る。

 ユーザーが試聴をクリックすると,音楽自体は入っていないインタフェース・ファイルがパソコンに短時間でダウンロードされ,それが完了すると,インタフェース・ファイルに書かれた仕様に従って,クライアントはサーバーのコンポーネントと会話をし,その結果メディア・データがパソコンに運ばれながら曲が演奏される。

 これが,クライアントのプログラムが,通信プロトコルを意識せずにサーバーの持つデータにアクセスする方法の骨子である。これを採用するかどうかのポイントの一つは,コンポーネントとクライアント・プログラムを作る作業が,開発者にとってどの程度容易で,かつミスなくできるものかという点にある。もしコンポーネントは通信プロトコルを気にせず,クライアント・プログラムについては,サーバーにある資源をローカルにある資源をアクセスするようにコーディングしてアクセスできるなら,開発者の作業は容易になる。Webサービスはこうした環境を実現する技法なのである。

短期で開発する新しい通信サービス

 Webサービスでは,WSDLファイルと呼ぶインタフェース・ファイルも,サーバーとクライアント間で流すデータもXMLで記述する。そしてインターネットの世界で頻繁に使われているプロトコル,例えばHTTPを使って送受信する。

 ここでSOAがクローズアップされる。SOAでは大きな処理(ビジネス・プロセス)の実行を,Webサービスを呼び出すことで実現する。ユーザーはBPELという,これもXMLが基になった言語を使って,ビジネス・プロセスのロジックを記述すればいよい。

 もちろん,呼び出されるWebサービスはあらかじめ準備しておく必要がある。これらを新規に作成してもよいし,ISVが作成したWebサービスを利用したり,ソフトウエア・アダプタ製品を使って,レガシー・システムの機能にWebサービスの口を付けてもよい。これらを準備しておくだけで,いろいろなビジネス・プロセスから呼び出して使える。なおWebサービスに改良を加えた場合でも,呼び出すビジネス・プロセスは変える必要がない。

 SDPに話を移そう。インターネットの世界にあるコンテンツ提供やメールなどのサービスをWebサービスとして呼び出し可能にしておけば,SIPメッセージがSIPアプリケーション・サーバーに届いたことを契機にしてビジネス・プロセス(SDPではコレオグラフィーと呼ぶ)を呼び出し,それにWebサービスを組み合わせて実行させることが可能になる。コレオグラフィーは複雑な処理について既存のWebサービスを呼び出すことにより実行するのでシンプルでよく,新しい通信サービスを短期間で構築できる。その開発・実行環境をSDPと呼ぶのだ(図6)。

図6●SDPとNGNの関係(詳細)
図6●SDPとNGNの関係(詳細)
ビジネス・プロセス(コレオグラフィー)とWebサービスを組み合わせて実行させることで,新しい通信サービスを短期間で作成できる。
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SDPはいつからどこで使えるのか?

 NGNが実現するまでSDPは「あっても宝の持ち腐れ」に見えるかもしれない。しかしIPアドレスを前提にしたコンテンツ・サービスの連携は,今でもSDPにより可能である。

 あとは「通話サービス」である。実はSDPが登場する前から,呼制御情報をITの世界標準APIで扱えるようにしようという動きが存在していた。JAVAについてはJAIN SLEEが,プログラミング言語に依存しないAPIとしてはParlay/OSA APIが既に公開されている。これらのAPIを提供するサーバーを回線交換機とSDPの間に挟めば,今でも通話サービスとデータ系サービスを連携させた「新通信サービス」を構築・提供できる。

 またSIPメッセージは通話相手の電話機にも到達するので,企業にSDPを置き,企業内で通話とほかのアプリケーションを連携させたビジネス・プロセスの構築・運用も可能になる。

 さらに通信事業者がSDPを実装してParlay/X APIを企業向けに公開した場合,企業はそれを使って企業向けサービスを利用できるようになる。

岩渕 雅俊(いわぶち・まさとし)
日本IBM株式会社ICP・アドバイサリーITアーキテクト
1978年,日本IBMに入社。製造業システム,中華人民共和国の統計局と大学のシステム,日本の公共,通信事業システムのSE職を経験。2006年1月から先進システム事業部でNGNビジネスの推進を担当。