写真1●KDDIの新しい販売方式を知らせるチラシ
写真1●KDDIの新しい販売方式を知らせるチラシ
「au買い方セレクト」では,販売奨励金がない代わり通話料が割安になる「シンプルコース」を用意した。
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 この連載では前回までに,日本の携帯電話メーカーが置かれた難しい状況について,主に行政やキャリアの功罪の側面から論じてきた。しかし,その威信が地に落ちた携帯電話メーカー自身にも責任が大いにあることは間違いない。最終回となる今回は,携帯電話メーカーの側面から今後に進むべき道を探ってみたい。

 10月4日,KDDIは販売奨励金にメスを入れ,新しい販売方法を導入することを発表した。ソフトバンクモバイルもこれに追随し新プランを発表。大手通信キャリアが販売奨励金を見直すことで,携帯電話メーカーを含め,これまで日本の移動通信産業の発展を支えて来た産業構造に揺さぶりがかかり始めた。

 メーカーが日の目を見ない国内の現状は,長い間携帯電話メーカーが経営を放棄してきた当然の結果でもある。今後,ますます激変が予想される通信産業において,今のままのメーカーに自由競争の市場環境を与えても勝ち目がないのは明らかだ。それでは果たしてメーカー復活の日は来るのだろうか?

志なき経営者に用はなし

 いまだに記憶に新しいことがある。総務省が主催していた「モバイルビジネス研究会」での携帯メーカーの言動だ。研究会の場で,現状維持を希望し,産業の構造改革に猛烈に反対したメーカーがあった。つまり,自由競争を恐れ,長期的な自立した発展よりもキャリアに依存した目先の小利を重要視しているのだ。まさに悲しい限りである。経営者失格と言わざるを得ない。長い間キャリア集中の産業構造が続いた中で身に染みた慣習と言えばそこまでだが,工場長に成り下がった日本メーカーの経営者たちがあまりにも低い志しか持たないことは,情けないと感じるばかりだった。

 キャリアに追随し,言われる通りにすれば何かあっても自分の責任ではないと言わんばかりの携帯メーカー経営者たちの姿は,保身の術だけに腐心しているように見えた。確かに,競争が激しい電気・電機メーカーは多くの製品群で厳しい立場に立たされているのが現状だ。こうした中で,日本国内にこもり,キャリアの言う通りにすればトントンでやれる携帯電話ビジネスは非常に手間がかからない都合のいい事業なのかもしれない。

 しかし,今後は今まで通りに行かないのは明らかだ。大きな改革を前に,挑戦よりも現状維持を一生懸命アピールするメーカーの経営陣たちにもう用はない。製造業は戦後の日本復興を支えてきた。もちろん現在は環境もポジションも変わり,簡単に比較はできないが,ソニー創業者の井深大さんに代表されるような高い志と果敢に困難に立ち向かうチャレンジ精神は,いつまでも日本の製造業のDNAに刻み込まれ,経営者にとってのロマンでもあるのだ。残念ながら携帯メーカーの経営陣はそれを忘れたように見える。今の通信産業はまさに「改革なしに発展なし」だ。この状況の中で現状に安住し,延命だけを考える志なき経営者は淘汰される命運をたどるだろう。

携帯事業の見直しに動き出した携帯メーカー

 10月11日,三洋電機が携帯電話事業を京セラに譲渡することで基本合意に至ったというニュースが伝えられてきた。携帯電話事業は,三洋電機の売上高の15%を占め,3000億円の売り上げを計上する主力事業にもかかわらずである。しかも,その売却額はわずか400-500億円程度という。実はそれ以前にも,三洋電機は海外メーカーに事業の売却を打診してきたが,意欲的な買い手が現れなかった。この事業売却劇からは,一部のメーカーが携帯電話事業の継続に企業の価値向上の意義を見いだせなくなり,やっと事業の見直しに動き出したことが見て取れる。

 一般に,企業がR&D活動を続けるには,大きく三つの意味があると考えられる。一つは,製品市場の競争において他社と差異化するため。二つ目は,特許権により技術を専有し,競争相手に対するアドバンテージを確保するため。三つ目は,知識やノウハウを習得するためである。しかし多くの日本の携帯メーカーは,競争の土俵にすら上がっていないので,一つ目と二つ目の効果には多くを期待できない。製品市場の競争の土俵に上がらないまま事業を続けてきたメーカーにとって,携帯電話事業を続ける唯一の意味は「知識やノウハウを学び続けること」だけだった。

 ところが,キャリアによるブラックボックス化が進む現在では,せっかく学んだ知識やノウハウの活用先が見つからなくなってきた。学習の効果さえも薄まってきたのだ。そして,年に数千億円の売り上げを計上する携帯電話事業を,単に勉強するためだけに続けることができたのは,通信キャリア集中の産業構造があったおかげとも言える。今後,販売奨励金が見直され,さらなる改革が見込まれる通信業界では,10数社が乱立する携帯メーカーがそれぞれの事業の妥当性を検討し見直すことになるだろう。つまり,キャリアに依存してきた携帯メーカーの業界秩序は,今後大きく変化することになるのだ。

製造業の原点に戻り,イノベーターになろう

 製造業の,特に消費財を生産する製造業にとって,その原点とは何だろうか。誰に向きあって何を決めるのか。携帯電話のような消費製品ならば,それは言うまでもなく消費者やそれを生み出すトレンドを把握し,消費者が許容できる範囲での製品原価をコミットすることだろう。携帯メーカーの経営陣はもう一回それを思い出してほしい。これまで携帯メーカーは,標準規格の先進性やキャリアの製品戦略を頼りにするあまり,消費者をおろそかにしてきたのだ。

 標準規格はあくまで競争の土俵に過ぎない。今後は,いっそう規格のオープン化が進み,各国の企業が同じ土俵で戦うことも避けられない。共通の土俵で,企業は何をもって勝負するのか。ここは,むしろ各企業の腕の見せ所とも言える。日本メーカーは携帯電話を通じて,消費者にどのようなメッセージを伝えたいのか,消費者の生活にどのような変化をもたらしたいのか? それを具現化することこそが製造業の醍醐味(だいごみ)ではないだろうか。

 日本産業のグローバル化の先駆けになってきたのは製造業だった。世界中に拠点を築き上げ,市場ごとにその市場に最適となる商品を生み出すのもメーカーのお家芸だった。それは日本のメーカーが国内市場にとらわれず,大規模かつ緻密なマーケティング戦略をもっていたからこそできたものだ。それはやがて“ジャパン アズ ナンバーワン”の栄光や“メイドインジャパン”の誇りを生み出した。

 日本の通信産業をグローバル化させたいなら,先頭に立つのはローカル企業の典型である通信キャリアではなく,グローバル化のDNAが潜んでいるメーカーであるべきだろう。なぜなら日本のメーカーはキャリアよりはるかに世界と戦う術に精通しているからだ。もちろん海外展開の前提として,日本の携帯メーカーが経営不在の現状から脱却する必要があるのだが。