1990年に設立し、試作金型製作という市場に後発で参入しながら一気に業界リーダーの座にまで上り詰めたベンチャー企業のインクス。特に携帯電話の試作金型製作では世界トップ・シェアといわれる。“職人”としての力量が求められる金型製作の世界において、400人という社員数でトップ・シェアを守る同社の武器は、圧倒的に短い製作期間だ。インクスの設立当時、試作金型の一般的な製作期間は45日だった。それを今は45時間と、24分の1にまで短縮している。現時点でも一般的な試作金型製作の期間は10日は下らないなかで、同社の短納期は群を抜いている。それを実現したのは、ITの力にほかならない。

「ファラオ」がすべてをつかさどる

 山田眞次郎社長が市場に参入したのは、「3次元CADで設計された製品データをそのまま取り込んで金型の設計・製作に利用すれば、熟練工の職人芸だった金型製作で大きな差異化ができると考えた」からだ。専用の3次元CADソフトを独自開発し、製品データから金型の設計データを自動作成できるようにした。さらに携帯電話で600、自動車の精密部品で3000といわれる、切削などの各工程を担う専用工作機械を作り、熟練工でなくても素早く作業ができるようにした。

 しかし、それだけでは製作期間は短縮できなかった。各工程の工期短縮を見込んで大量受注をしたものの、工程管理が破綻したためだ。確かに、各工程にかかる時間は大幅に短縮したが、誰に、どの作業を割り振るのが最も効率的かを判断できず、極端に忙しい作業員と“遊んでしまう”作業員が大量に出てしまった。

 この事態を収拾したのも、ITだった。山田社長は金型作成の作業プロセスを細かく規定(図1)。システム上で管理し、その時点では誰に、いつ、何の作業をさせれば最も効率がよいかを自動計算するソフトを独自に開発した。この、全体の工程を管理するシステムを「PHARAOH(ファラオ)」と名付けた。

図1●インクスが試作全型の製作に使う工程表と、2006年2月に開設した無人の「零工場」
図1●インクスが試作全型の製作に使う工程表と、2006年2月に開設した無人の「零工場」

 ファラオとCADソフトや工作機械は連携しており、現在、誰が何の作業をしているかを把握できる。これにより、時々の状況に応じて最適な作業指示をファラオから出すことが可能になった。例えばCADソフトのオペレータは、一つの設計作業が終わると、画面上の「作業終了」ボタンを押す。するとファラオが次にするべき作業を選択して、オペレータに提示する。同時に、製造工程の担当者にもファラオから指示が出る。端末画面には、製造機器にドリルなどの工具をどのように組み替えたらよいかが表示される。その通りに製造機器を設置すると、後はデータどおりに金型の加工が始まる。

 このようにして、開発スピードを飛躍的に向上させたのである。さらにファラオは、受注から出荷までのすべてをつかさどる。その技術力を買われ、2005年には「ものづくり日本大賞」の経済産業大臣賞を受賞した。

 06年2月には、長野県に24時間無人で金型を生産する「零工場」を設立した。人間の手作業を極力少なくした結果、可能になった工場である。もちろんこの工場でも、全工程を把握しているファラオが動いている。