「今後50年間、100年間、成功を続け、環境の変化に対応していく企業を1社だけ選べといわれれば、わたしたちは3Mを選ぶだろう」。ジェームズ・C.コリンズとジェリー・I.ポラスが、著書『ビジョナリーカンパニー』のなかでこうたたえるなど、米スリーエムの経営手法を賞賛する書籍は数多い。実際に取り入れる企業も少なくない。本業以外に15%の時間を費やしてよいという「15%ルール」を米グーグルが「20%ルール」に応用しているのは有名だ。

 スリーエムの強さは、革新を続けることを経営指標としている点にある。全売上高のうち、発売から1年以内の新商品が10%、4年以内の商品が30%を占めなければならないのは、その一端だ。日本法人である住友スリーエムも同様である。新商品開発に関しては、1年以内の商品の売上高比率が約15%、4年以内では50%以上と、本社の目標を上回っている(図1)。金子剛一副社長は、「当社と同じくらい新製品を売り上げている企業もあるが、経営指標として管理しているのは例がないだろう」と自信を見せる。

図1●住友スリーエムでは売上高の半分以上を4年以内の新商品が占めている
図1●住友スリーエムでは売上高の半分以上を4年以内の新商品が占めている

 住友スリーエムが“売れる”新商品を量産し続けられる背景には、NPI(New Product Introduction)、NTI(New Technology Introduction)と呼ぶ、新商品開発・導入プロセスがある。

どんな研究も無駄にしない

 NPIは、新商品の開発から生産、販売を7つのステップに分け、「ゲート」と呼ぶチェックポイントにおける審議をパスしなければ次のステップに進めないというもの(図2)。場合によっては「研究中止」の判断が下されるものの、“敗者復活”があり得る。提出された資料や中止理由などは管理されており、別の研究者が似たアイデアを出した際、資料を参照したり、クリア済みのゲートを飛ばすことが可能なのだ。

図2●住友スリーエムが採用する商品化プロセス「NPI」は、7つのステップと6つのゲートからなる
図2●住友スリーエムが採用する商品化プロセス「NPI」は、7つのステップと6つのゲートからなる
世界中の研究者が研究内容を共有し、他の研究者の研究を参考にしているため効率よく開発できる

 以前は、各研究所では別々のプロセスを踏み、共通ルールもなかった。そのため「似た研究を行ったり、過去と同じ審議を繰り返すことがあった」(技術本部の大久保孝俊統轄部長)。こうした事態をNPIで回避することで、世界30カ国にいる7000人の研究者のアイデアを効率よく商品化する。「研究中止」になっても有用なデータが蓄積できれば、研究者の評価が下がることはない。生活用品の研究を進めている山田健史氏は、「どんな研究も無駄にならないと信じて続けられる」と語る。

 一方のNTIは、NPIのようなステップやゲートで、基礎的な技術研究内容を皆で共有するためのものだ。

 NPIやNTIを活用できるのは、「15%ルール」に代表される社風によるところが大きい。15%ルールによって、研究者同士の非公式な会合が毎日のようにどこかで開かれている状態だという。この会合が研究内容の共有を促進する。研究者の会合「テクニカル・フォーラム」は、国内ではテーマごとに40以上の分科会がある。

 大久保統轄部長は、「NPIやNTIはそれらを支えるシステムがあるから実現できる」と語る。例えばNPIでは、常に1000件ほどの案件が進行中だ。「いつでも検索できるようにするには、ITなくしては考えられない」(情報システム本部の中村隆夫統轄部長)。NPIを実現するシステム「eNPI」は米IBM製グループウエアのLotus Notesをベースとする。米本社にNotesの親サーバーがあり、国内では住友スリーエムに子サーバーがある。国内の研究者が子サーバーに研究内容を登録すると、親サーバーとの間でデータを複製し合う。

 非公式な会合やテクニカル・フォーラムの開催もITが下支えしている。IBM製のネット・ミーティング・ソフト「Lotus Sametime」を使えば、距離が離れていても構わない。年に1回行う全世界のネット・ミーティング「バーチャル TIE」には、パートナー企業を含めて約7万人が参加。研究内容をパソコンで視聴することが可能だ。