ステークホルダーをプロジェクトに巻き込むことは、昔も今も容易ではない。うまく巻き込めないと、プロジェクトを崩壊に導く“爆弾”にもなり得る。特効薬はないが、ステークホルダーを突き動かせるものがあるとすれば、それは「危機意識」にほかならない。PMOらしいやり方で、ステークホルダーに訴求するとよい。

松永幸大
マネジメントソリューションズ マネージャー


 「システム開発が期限通りに終わり、不具合の修正も終わっていること」――。あなたが関与するプロジェクトでも、システム開発の計画書には「ユーザーテスト・フェーズ終了時の前提条件」として上記のような文言が記載されていることでしょう。スケジュールや品質、コスト(予算)についての前提条件は、多くの計画書で明示されていると思います。

 しかし、「分かっているけれど言えない前提条件」、さらには「意識されていない前提条件」というものも存在します。例えば次のようなものがあります。

「ユーザーテストでは、ユーザーがテストに十分な時間を割り当て、積極的にテストを行うこと。また、ユーザーが新業務を理解していること」

「プロジェクトオーナーはプロジェクトの課題に対して、タイムリに判断・助言を与えること」

「ライン部門のマネジャは、プロジェクトに積極的に協力すること」

 いずれも、ユーザーがプロジェクトに積極参加することを前提条件としたものです。いわゆる「ユーザー(ステークホルダー)の巻き込み」に関することで、今も昔もトラブルを起こしやすい、やっかいな問題です。場合によっては、これがプロジェクトを崩壊に導く“爆弾”となり得ることを、多くの読者は実感されていることでしょう。

 本来、上記のような前提条件を担保する責任を負うのがプロジェクトオーナーやプロジェクトスポンサーなどの上位管理者であるべきですが、なかなかうまく動いてもらえないのが実情でしょう。そして、前提条件が崩壊し、プロジェクトが立ち行かなくなると、プロジェクトマネジャに責任を転嫁しがちです。「あのプロジェクトマネジャは関係者をしっかり巻き込めない。リーダーシップやコミュニケーション能力がない」と。

ステークホルダーに危機意識を!

 こういった事態に陥らないためにも、ステークホルダーとのコミュニケーションを取り、当たり前すぎて言えない前提事項についても、きちんと合意することが重要です。プロジェクトのリスクを減らすには、基本的なステップを一歩ずつ踏んでいく以外に方法がありません。ステークホルダーが一堂に会するステアリングコミッティを通して、定期的な報告と協力要請をしましょう。また、プロジェクト説明会では、プロジェクト目標などの浸透、個別の打ち合わせ、交渉などを積み重ねていく必要があります。

 ユーザーを巻き込むために、コミュニケーションを通して伝え続けるべきメッセージはたった1つ。ステークホルダーに当事者意識を持ってもらうことです。言い換えれば危機意識を持ってもらうことです。「このプロジェクトがうまくいくと自分にこんなメリットがあり、失敗するとこんなデメリットがある」ということを強く意識してもらうことです。組織として、個人として危機意識を持ってもらうことで、協力関係はより強固なものになっていくことでしょう。

 とはいっても、「このプロジェクトが失敗すると、オーナーである事業部長は私と一緒に責任を取ることになりますよ」などと言うのは得策ではありません。あくまでも上位管理者との関係は良好に保ちつつ、「現場は、もう崩壊寸前です」といったアラートを的確に出し、危機意識を持ってもらうことが大切です。

客観的・論理的な情報に“生っぽさ”を合わせる

 こうした声掛けは当然プロジェクトマネジャもしますが、PMOも、PMOらしい方法で声掛けして、プロジェクトマネジャを支援しなければなりません。「プロジェクト状況を客観的に把握し、論理的に説明できる」という立場から、ステークホルダーたちに訴求するのです。

 ただし、気を付けてほしいこともあります。多くのプロジェクトでは、プロジェクト進捗や課題対応状況のレポートを「客観的・論理的」に作成していると思います。定期報告ではその「客観的・論理的」な形式が必要とされるわけですが、「ユーザーを巻き込みたい」と思う場面においては訴求力が足りません。「客観的・論理的」なレポートにはプロジェクトの“生っぽさ”や“臨場感”がなく、ステアリングコミッティの場で報告しても、切迫した現場の雰囲気がほとんど伝わらないからです。

 そこで、客観的・論理的な情報に“生っぽさ”を合わせるのです。相乗効果により、非常に強い訴求力を生み出します。普段から現場の声を聞きまわっているPMOが「現場が崩壊しそう」といったシグナルを察知したら、これまでにもあるような客観的・論理的な情報と合わせてステークホルダーに強く訴えるのです。

 ステークホルダーは、いつもと同じ体裁の報告書を見ていながらも、頭の中には現場の窮状が浮かんでくるはずです。これにより、「現場」~「プロジェクトマネジメント・チーム」~「ステークホルダー」の橋渡しができ、ステークホルダーに当事者意識、危機意識を持ってもらうことが可能となります。

 もし、PMOに協力会社のメンバーが参画しているなら、そのメンバーにプロジェクトの状況を解説してもらう場を設けるのも手です。組織内のしがらみのため、思い切ったことを言えないプロジェクトマネジャの良き代弁者となってくれるでしょう。プロジェクトマネジャとPMOが一体となることで、ステークホルダーを巻き込んだプロジェクト運営が可能となります。


松永幸大(まつなが ゆきひろ)

 早稲田大学商学部卒業後、独立系SIコンサルティング会社のシーアイエス(現ソニーグローバルソリューションズ)に入社。事業構造改革の立案支援からシステム化支援までを経験。コンサルティング業務やPMO業務に従事している。

 現在は、コンサルテーションから、自社開発のソフトウエア提供、改革実施後のチェンジマネジメントまで、「知恵作りのマネジメント」を支援するマネジメントソリューションズに在籍。コンサルティング業務やPMO業務に従事している。連絡先は info@mgmtsol.co.jp