本記事は日経コンピュータの連載をほぼそのまま再掲したものです。初出から数年が経過しており現在とは状況が異なりますが、この記事で焦点を当てたITマネジメントの本質は今でも変わりません。

システム企画の第一歩は,有益な情報の収集から始まる。企画担当者がその気になれば,膨大な情報をかき集めることも難しくはない。しかし,漫然と収集した情報は,結果としてゴミの山にしかならない。有益な情報を得るためには,問題意識の持ち方や情報に対する接し方に工夫が必要だ。わずかなことに気を配るだけで,収集した情報の価値は何倍にも高くなる。

 専門書,雑誌,セミナー,展示会,インターネットなど,IT(情報技術)に関する情報収集のルートは豊富にある。良い情報システムを企画するためには,こうした情報源をフル活用することはもちろん重要だ。

 しかし,システム企画のための情報収集は,「何を集めるか」,「どういう姿勢で情報に接するか」ということを明確に意識していないと,無意味な情報をつかまされるばかりか,惑わされてしまうこともある。全日本空輸でインターネット・ビジネスの企画を担当している中村純IT推進室ネットビジネス推進部長は情報収集のやり方についてこう語る。「ITに関する情報は洪水のようにあふれている。重要なのは,どんな情報が必要なのかを明確にすること。そして有益な情報を目の前にしたときに“ピン”と来るかどうかということ。つまり情報に接するときの問題意識や姿勢がものをいう。要は緊張感を持って取り組んでいるかどうかだ」。

 システム企画に役立つ情報とは何なのか,どのような姿勢で情報に接すればよいのか。この点について,さくら銀行,全日空,ブリヂストン,キリンビールで,情報システム構築の最前線に立つ5人の企画担当者に聞いた。

さくら銀行
情報の集まるところに自分を置く

写真1●さくら銀行の城島正文情報企画部長
写真1●さくら銀行の城島正文情報企画部長

 「銀行は情報産業だ。銀行員は常にネットワークとデータベースの上で仕事をするべき」と,さくら銀行の城島正文情報企画部長は主張する。同氏がシステムを企画するための情報収集をするときも,こうした発想が色濃く出ている。

 城島部長の情報収集に関する考え方はこうだ。「情報を集めようと思うのではなく,情報の集まるところに自分自身の身を置くことが重要。そういう場所を見つけたり,作ったりすることが情報収集の前提になる」。

 「情報が集まる場所」というのは,すなわち「ネットワークやデータベースの上」を指す。インターネット・サイトやメーリング・リストだったり,部内のイントラネット・システムだったりすることもある。「他の部では,仕事の進ちょく状況を調べるのに『どうなっているんだ?』と聞く人が多い。しかし,わが部ではだれも私に進ちょく報告をしないし,私も聞こうとはしない。イントラネットにすべての仕事の状況が分かるようになっているからだ。こんな部は社内でうちだけ」と城島部長は話す。

 「新システムの企画には顧客情報の収集が基本」と考える城島部長はとりわけ,顧客情報を集める仕組み作りに力を入れてきた。それが1999年4月に稼働した「さくらCRMシステム」である。窓口での顧客対応や外回りの営業活動の後に,顧客の関心事や振る舞いを短いコメントとして打ち込んでもらい,それらを蓄積できる。データベースには毎日2万~3万件の書き込みがある。2002年4月の住友銀行との合併後も,このコンセプトは新銀行のシステムに引き継がれる。

 さくらCRMシステムの本来の目的は文字通りCRM(カスタマ・リレーションシップ・マネジメント)だが,新システムの企画にも大いに役立つという。もちろん,システムの企画担当者がさくらCRMシステムのデータベースを直接分析するわけではない。現場のエンドユーザーにシステム化ニーズを洗い出してもらい,それをシステム部門で吸い上げる考えだ。

SEである前にまず銀行員の目で見よ

 「顧客が基本」という立場に立って情報収集をするとき,城島部長は「システム屋である前に,まず銀行員であれ」と部下を指導している。

 一部の企業では最近,社内のシステム・エンジニアのサービス意識を変えるために,「システム部の顧客は社内のユーザー」と教育するところが増えてきた。だが城島部長は,この考え方を否定する。「社内を向いてシステムを作ったら,銀行員が楽になるだけのシステムしか作れない。それでは本来の目的を見失っている。システム部にとっても,顧客は銀行に来てくれる顧客であることを忘れてはいけない」。

 新システムを企画するための情報収集も,考え方は一緒だ。「業務知識を得ることに偏った情報収集ではいけない。常に顧客に顔を向けていないと,いつのまにか本来の目的を忘れて,大切な情報を見過ごしてしまう。ここに気をつけるだけで,収集した情報の価値は格段に違ってくる」(城島部長)。

全日本空輸
顧客ニーズの把握力はシェアに比例

写真2●全日本空輸の中村純IT推進室ネットビジネス推進部長
写真2●全日本空輸の中村純IT推進室ネットビジネス推進部長

 全日空の中村ネットビジネス推進部長も,「やはり,お客様の声を聞くのが基本」と話す。顧客ニーズの把握力とシステム企画力,企業の業績が,密接に関連していることを肌で感じているからである。

 中村部長の持論は,「トップシェアの企業は,競合他社より優れた情報システムを,より早い時期に構築できる」というものだ。なぜなら,トップシェアの企業はより多くの顧客に接しているので,その分だけ新システムの企画につながる顧客ニーズを吸い上げられるからである。良いシステムはシェアの向上に貢献し,さらに顧客情報が集まりやすくなる,という好循環も生む。

 「航空業界の話をすると,国内線で約50%のトップシェアを握る当社の国内線システムは,競合他社よりも機能が一歩進んでいると思うし,稼働時期も早い。これはトップシェアの企業に顧客ニーズが自然と集まってくるためだ。営業マンが新しい企画を持ちかけるとき,初めにトップ企業を訪問することと同じ」と中村部長は説明する。

 一方,日本航空の後塵を拝する国際線ではどうかというと,さすがに国内線ほどうまく行っていないのが実情だ。シェアが低いと顧客ニーズの収集量が少なくなり,それがシステム企画の競争力を下げ,シェア低下につながる,という悪循環に陥りかねない。

 こうした危機意識があるため,中村部長は顧客ニーズの収集に余念がない。情報源はさまざまだ。乗客のニーズについては,機内アンケートの結果やコールセンターへの問い合わせ内容などに必ず目を通す。旅行代理店のニーズについては,代理店のセールスマンと直接話をしたり,不定期に実施するヒアリングの結果を見たり,新しいシステム端末の操作説明会などで聞き得た話を参考にしたりする。

情報収集では人に会うのが基本

 インターネット系の情報システムを企画するにあたって,中村部長は「企画手法を確立することが今後の課題」と語る。というのも,インターネット系システムではシステム利用者の顔が見えにくいからだ。これまでの基幹系システムは社員か旅行代理店が使っていたので,いわばシステム部の手の内にユーザーがいる。

 これに対し,インターネット系システムは,ユーザーが不特定多数であり行動が予想できない。「顧客ニーズを調べるために皮膚感覚を入れ替える必要がある」と中村部長は話す。

 そのため中村部長は,「できるだけ人に会う」ことを心掛けている。そのほうが,皮膚感覚に訴えるものがあるからだという。もちろん,いろいろな新聞や雑誌でインターネット・ビジネスで活躍している人の話が紹介されていれば,できるだけ読む。しかし,記事の当事者に直接会って話すことを,より重視している。

 例えば中村部長は,インターネット・オークション・サイトを運営するディー・エヌ・エー(DeNA,東京都渋谷区)や同社代表取締役の南場智子氏の記事などを読み,関心を持っていた。記事には書かれていないところで,いろいろと聞いてみたいことがあった。あるとき,知人の紹介で南場氏と話をする機会があり,そうした疑問を直接聞くことができた。「読む情報をたくさん集めても,やはり会って話を聞くことが一番いい。ただ,サイバーなことをやろうとしている人が,リアルなインタフェースを強く求めているのはパラドックスだ」と中村部長は笑う。