拝啓 渡辺喜美 金融担当相殿

 10月9日の閣議の後、ゆうちょ銀行のシステム不具合について「非常に問題だ」と指摘されたという記事を10月9日付の日本経済新聞夕刊で読みました(「渡辺金融相、ゆうちょ銀システム不具合『非常に問題』」)。

 記事によると「顧客第一であることを考えれば、なぜこういう事態になっているのかきちんと調べ直す必要がある」とおっしゃったことになっています。大変失礼な物言いになりますが、この記事の通りの発言をなさったのであれば、発言自体が「非常に問題」であり、あの程度のシステム不具合をなぜ金融庁が問題視するのか、金融庁の体質と情報システム理解度を「きちんと調べ直す必要」があると思います。

それほど重要な不具合なのか

 はっきり言って、今回のシステム不具合は大した話ではありません。軽微な不具合だとしてもその修正に1週間かかるようでは問題だ、と見ておられるのかもしれませんが、もともと顧客にさほどの迷惑をかけていない以上、修正に1週間かかったとしてもこれまた問題ではないでしょう。

 今回不具合を起こした「顧客情報照会システム」は、窓口で預金者の預け入れを受け付ける際、預かり限度額の1000万円を超えないかどうか、貯金の残高を確認するためのものです。民営化以降、残高確認を徹底することを決め、それに伴う残高確認処理の急増に備え、新しい仕組みとしてこの顧客情報照会システムを作りました。

 もともと残高の確認は現行の預金システムの窓口端末からできましたが、民営化前はあまり徹底されていませんでした。民営化の初日、10月1日の朝からこのシステムに対し、残高確認の依頼が集中し、処理が滞るようになりました。このため、一部の局で新規の預け入れ業務を保留したと報道されています。

 これは「非常に問題」なことなのでしょうか。確かに、一部の局で口座を開こうとした顧客がしばらくの間、開けませんでした。しかし何が何でも民営化初日の10月1日にゆうちょ銀行の口座を作れなければ困る、という顧客がいたのでしょうか。仮にいたとして何人だったのでしょう。

中核の預金システムは問題なく稼働

 そもそも今回の件で「不具合」という言葉が適切かどうか微妙なところです。残高確認の徹底は前述した通り、もともと実施していなかったわけですから、はしょってしまう手もあったでしょう。それならおそらく何の問題も起きなかったはずです。残高確認は後からやり直せばよかった。システムがきちんと動くに越したことはありませんが、仮に動かなかったとしても、仕事のやり方を工夫し、顧客に大きな迷惑をかけなければそれでよいのです。

 顧客情報照会システムというごくごく小さなシステムの不具合を指弾するのであれば、それよりはるかに巨大な、ゆうちょ銀行の中核と言える預金システムに不具合は起きていないことを褒めないと、釣り合いが取れません。ATM(現金自動預け払い機)は使えており、入金や出金は通常通りできています。

 8回までノーヒットに抑えていた投手が9回にヒットを1本打たれたものの勝利投手になったとして、その投手を一切褒めず、「9回に打たれたことは非常に問題だ。なぜこういう事態になったのか、きちんと調べ直す」と言ったらその投手はどんな気持ちがするでしょう。

 したがって、大した問題ではないにもかかわらず、あれこれと調べ直すのは時間の無駄ですし、ゆうちょ銀行のシステム担当者のやる気を損ねるだけです。その結果として、さらに大きなシステム不具合を招く危険すらあります。

 どうしてもゆうちょ銀行の情報システムを検証したいなら、預金者の名寄せがきちんと完了しているのかどうか、そちらをお調べになってはいかかでしょうか。ただし、複数のゆうちょ銀行口座に預金を分散させている人々が自民党の支持基盤でもありますから、名寄せの徹底を指示すると自民党の足を引っ張ることになるかもしれません。

 ここまで書いてきて気が重くなってきました。大した問題ではないにもかかわらず、騒ぎを大きくしたことに新聞が一役買っていると言わざるを得ないからです。ひょっとすると9日の閣議後の会見で、記者から「システム不具合は非常に問題。金融庁の監督責任はどうなっている。厳しく調べないのか」と詰め寄られ、うなずいただけで今回の記事になってしまったのかもしれません。もしそうであったなら、これまたメディア側の問題となるわけで自戒しなければなりません。

                             敬具

(谷島 宣之=経営とITサイト編集長)


注)本記事は、2007年10月15日付で日経ビジネスオンラインに掲載されたコラムを転載したものです。