固定通信と移動通信の融合は,NGNの構築の上でも重要な課題となっている。NGNが出来上がる前から既に課金システムの統合や端末の統合などを各国の通信事業者が始めている。NGN上でFMCを実現するための標準化は,ITU-Tや3GPP/3GPP2で進んでいる。

 近年,固定通信と移動通信のサービスの融合を意味するFMCが注目されており,NGNにおいてもFMCの実現は主要な目的の一つとなっている。NGNにおけるFMCはIPベースで固定通信と移動通信のコア・ネットワークを融合させて,固定/移動のアクセス技術やユーザーの位置にかかわらずに,エンド・ユーザーにNGNサービスを提供することを目指している。

 その一方,NGN実現の前段階においても,固定電話と携帯電話の「一括請求型」サービスや,一つの端末と一つの番号で固定電話と携帯電話の両方を利用できる「One Phone型」サービスが導入されている。まずは,現在提供されているFMCサービスを見てみよう。

課金を統合する「一括請求型」

 その一つが固定/移動のネットワークの連携ではなく,課金システムによってFMCサービスを提供するアプローチである。一例として,固定/移動通信,インターネット接続,コンテンツなどの料金の一括請求型サービスが挙げられる。

 日本国内ではKDDI,海外では統一ブランド名「Orange」でインターネット接続や,固定/携帯電話サービスを提供するFT(フランステレコム)が実施している。

 また,一括請求型サービス以外の課金によるFMCの例として,ドイツの各移動通信事業者が提供するサービスがある。これは,「ホームゾーン」と呼ぶ事前登録されたエリア内に携帯電話がある場合に,料金を割り引くもの。具体的にはT-Mobileの「T-Mobile@Home」やO2の「Genion」,ボーダフォンの「ZuHause」がこれに当たり,固定通話トラフィックの取り込みを狙っている。

1台の端末を使う「One Phone型」

 音声通話の代表的なFMCサービスがOne Phone型サービスである。これは1台の携帯電話機を,宅内では固定回線経由の通信端末として,その他の場所では通常の移動端末として,固定回線と携帯電話回線の両方を利用するサービスである。技術的には,固定網と移動網が連携して端末の在圏情報(携帯電話網か固定回線に接続された無線LAN網内かなど)を管理し,その位置に応じて経路を切り替えることにより実現する。

 事業者は,携帯電話料金よりも安い固定通話料金で通話できる点や,携帯電話を屋内で固定電話の子機として活用できる点などのユーザー・メリットを打ち出して,サービスの展開を図っている。

 One Phone型サービスの例として,図1に英国の固定通信事業者BT (ブリティッシュテレコム)の「BT Fusion」を示す。BTは携帯電話事業者ボーダフォンのから回線を借りて移動体通信サービスを提供する。

図1●BTのOne Phone型サービス「BT Fusion」
図1●BTのOne Phone型サービス「BT Fusion」
携帯電話網は英ボーダフォンから移動体網を借り,仮想移動通信事業者(MVNO)「BT Mobile」としてサービスを提供している。
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 BTはこのサービスのためにUMAと呼ばれる技術を開発。BT MobileのGSM携帯電話ネットワーク内にUNCを設置し,BT Fusion対応のGSM携帯電話にUMAの端末機能を実装した。

 BT Fusion対応の携帯電話機は,宅内ではBluetoothまたは無線LAN(Wi-Fi)インタフェースでAP(アクセス・ポイント)にアクセスし,ブロードバンド回線経由でUNCに接続して通話が行われる。UNCは移動網の中ではGSM無線基地局として扱われるため,携帯電話機が固定/移動のどちらに移動しても,通話が途切れることなくシームレスなハンドオーバが可能である。

欧州や韓国でも始まるOne Phone

 欧州では,BT以外にもFTがOrangeブランドによる固定と移動の融合に向け,「unik」(ユニーク)というOne Phone型サービスの提供を2006年10月から開始した。また,ドイツ・テレコム・グループがBT Fusionに似たOne Phone型サービスを計画している。

 韓国のKTが提供するOne Phone型サービスでは,KTの移動通信子会社KTF(KTフリーテル)の一部の携帯電話機を利用する。まず固定電話回線の先にBluetoothインタフェースを持つAPを設置。このAPに携帯電話機がBluetoothで接続することで,固定電話の子機として動作する。APの通信エリア外では,通常の携帯電話機として動作する。つまり,BT Fusionとは違って,固定網と移動網で異なる二つの電話番号を持つ。

日本のFMCサービスは法人向け先行

 日本国内の携帯電話事業者のOne Phone型サービスでは,法人ユーザーを対象としたソリューション・サービスをKDDIやNTTドコモが提供している。第3世代携帯電話と無線LANのデュアルモード端末を使って,オフィス内では無線LANを経由したIP内線電話やブラウザによるデータ通信サービスを,屋外では携帯電話接続によるサービスを提供する。

 総務省の情報通信審議会の電気通信事業部会ではFMC端末の電話番号に関する検討を進めている。同部会は2007年1月に「FMCサービス導入に向けた電気通信番号に係る制度の在り方」の答申案を取りまとめた。ここでは「網形態,通話料金,通話品質などを問わず,既存番号の指定を受けている移動網や固定網を複数組み合わせて,1ナンバーでかつ1コールで提供されるサービス」を対象とした,いわゆる音声通話のワンナンバー・サービスを想定している。

 答申案では,このサービスで利用される番号として,新規番号を割り当てる場合には「060」を,既存番号を利用する場合には「050」(IP電話),「070」(PHS),「080/090」(携帯電話)を利用可能とすることが適当とした。固定電話の0AB~J番号を利用することは,地理的識別性などの観点から,現時点では発信者に与える影響が大きいため,不適当としている。

 さらに事業者が自ら持つべき機能・設備として,接続先を把握し呼を振り分けるなどの機能を持つ設備を挙げている。通信品質は,FMCサービスに組み合わせる網それぞれに,少なくとも「電話として最低限の通話品質」を求めている。

NGNはより高度なFMC提供基盤

 通信事業者は現在,固定電話や携帯電話といったサービスごとに,それぞれ別のネットワークを運営している。一方,NGNではパケット交換を行うトランスポート・ストラタムと,サービス制御を行うサービス・ストラタムの二つの層に明確に区分されている。

 固定/移動アクセスの伝送方式としてIPパケット伝送方式を採用することで,トランスポート・ストラタムにおけるコア・ネットワークの統合を実現する。また,IMSベースのサービス・ストラタムにおいて,総合的なサービス制御を行う。これにより,通信事業者はアクセス・ネットワークが固定か移動かにかかわらずサービスを制御できる。NGNはより高度なFMCサービスの提供基盤として位置付けられる(図2)。

図2●FMCを実現するNGNの移行イメージとFMCの例
図2●FMCを実現するNGNの移行イメージとFMCの例
NGNへの移行により通信事業者はユーザーが使う回線にかかわらずアクセス・ネットワークを制御できる。
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 図2の右端には,FMCの観点から見たNGNのメリットやサービス例を示した。これまでに見てきたOne Phone型サービスは,固定網と移動網を意識しないシームレスな通信サービスとして,NGNにおいても引き続き提供されるだろう。さらにNGNならではのサービスとして,携帯電話以外の小型モバイル端末やパソコンから情報家電を含むあらゆる固定端末間を連携させ,その上で付加価値の高い様々なサービスを提供することがポイントとなっていく。

堀内 浩規(ほりうち・ひろき) KDDI研究所 執行役員
1985年,国際電信電話(現KDDI)入社。以来,ネットワーク管理,NGNなどの研究開発に従事。

磯村 学(いそむら・まなぶ) KDDI研究所 研究主査
1997年,日本高速通信(現KDDI)入社。ネットワーク管理,ITS,NGNの研究開発に従事。

今井 尚樹(いまい・なおき) KDDI研究所 研究主査
2003年,KDDI入社。ユビキタスネットワーク,ホームネットワーク,NGNの研究開発に従事。