写真1●柿の葉を選別しながら,「この仕事は生き甲斐」と笑顔を見せる菖蒲増喜子さん(82)
写真1●柿の葉を選別しながら,「この仕事は生き甲斐」と笑顔を見せる菖蒲増喜子さん(82)
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写真2●農家の軒下に設置された光ファイバー。86%の世帯普及率となっている
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 「パソコン?簡単だよ。だって,スイッチを押したら動くんだもの」。今年82歳になった菖蒲増喜子さん(写真1)は,こともなげに語る。

 菖蒲さんが住む徳島県勝浦郡上勝町は,徳島空港から車で1時間30分離れた山林のなかにある。人口は2052人。65歳以上の住民比率を示す高齢化率は48%。典型的な過疎地であり,徳島県24市町村中,最も平均年齢が高い高齢化地域でもある。そして,山林の占める比率は86%。まさに自然に囲まれた静かな村だ。

 しかし,上勝町には,この山林比率と同じ,驚くべき数字が存在する。それは,86%の世帯に光ファイバーが敷設されているのである(写真2)。しかも,その光ファイバーが,単に敷設されているだけではない。高齢者たちが,このインフラを利用して,毎日,ビジネスをしているのである。菖蒲さんもその一人だ。

つまものビジネスで2億円超の売上高

写真3●上勝町のつまものを利用した料理
写真3●上勝町のつまものを利用した料理
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 上勝町には,第3セクターの株式会社いろどりがある。いろどりは,野山の木の葉や草花が,高級料亭の盛りつけなどに使用される「つまもの」として多く利用されていることに着目。これを全国の料亭に出荷する事業を行っている(写真3)。

 現在では,平均年齢70歳の約190人が,この事業に参加。1986年の事業開始時点では100万円だった売上高は,2006年には2億6000万円に拡大している。

 農作物や米のように重量がある商品ではないことから,平均年齢70歳の高齢者でも取り扱いやすく,事業に参加を促すことにつながっている。また,庭先にある紅葉や柿木,蓮,所有する山林にある草花などがすべて商品になるという,新たな設備投資を必要としないことも,事業参入の敷居を低くした(写真4)。

写真4●庭先の紅葉が,高級料亭向けの「つまもの」として出荷される 写真5●パッケージ化された紅葉の「つまもの」
写真4●庭先の紅葉が,高級料亭向けの「つまもの」として出荷される
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写真5●パッケージ化された紅葉の「つまもの」
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写真6●株式会社いろどり 横石知二副社長
写真6●株式会社いろどり 横石知二副社長
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 柿の葉ならば1枚25円。これまで落ち葉でしかなかったものが,商品に生まれ変わった(写真5)。現在,340種類ものつまものを商品として出荷している。

 「町の人は見慣れた紅葉でも,見方を変えれば,そこからビジネスが生まれる。内からは見えないものを,外から見て気がつかせる。どんな町でもそれは可能だ」と,株式会社いろどりの横石知二副社長(写真6)は,町おこしの発想の原点を語る。

ICTを活用した仕組みを構築

 そして,いろどり事業の飛躍的な成長において見逃せないのが,ICTを駆使した仕組みの構築であった。1992年から防災無線FAXを活用した農家への販売情報の一斉送信を開始。つもまのの受注情報をFAXで送信し,それを受けた農家が,農協に電話連絡し,受注するという仕組みだ。

 「FAXから出てきた受注情報はまさに争奪戦。FAXを同報配信した途端に農協の電話が鳴り出す。農家では,おばあさんたちが,電話を片手に,短縮ダイヤルと切ボタンを繰り返し押して,つながるまで電話をかけ続ける。まるで,発売直後のSMAPのコンサートチケットを入手しようとしている女子高生と一緒」と,横石副社長は,冗談まじりの比喩で,その様子を表現する。

写真7●作業場に置かれたパソコン。トラックボールで操作する
写真7●作業場に置かれたパソコン。トラックボールで操作する
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 さらにいろどりでは,1999年からマウスの代わりにトラックボールを採用したパソコンを導入(写真7)。これを農家に貸与して,生産者,営業組織,物流拠点,市場を結ぶとともに,集出荷ケースをバーコードで管理する仕組みとした。

 また,2006年10月には光ファイバーを敷設。今年4月からは,このインフラをいろどりで活用しはじめた。

 「多くの農家が,同じ時間にアクセスするという環境だけに,特定の時間帯には,つながりにくくなるという問題があった。これが光ファイバーによって解決され,快適な環境でサイトを閲覧できるようになった」(横石副社長)

パソコンが元気な高齢者を生む

 菖蒲さんは,一日数回,自宅のパソコンを立ち上げる。そこに表示されるランキングを見るのが楽しみだ。

 「順位が低いと明日はがんばらなくちゃ,という気になる」。

 サイトでは,毎日,自分の売り上げ順位だけがわかる仕組みになっており,これが,ビジネスへの意欲を駆り立てる原動力になっている。

 そして,横石副社長からのメッセージも楽しみだ。これまでは,郵便配達員だけが外部からの話し相手だった農家の高齢者に,パソコンが新たなコミュニケーションをもたらしている。

 さらに意外な効果も出ている。先頃発表された75歳以上の一人当たりの老人医療費は62万1478円と県内最低。1位との格差は31万円も格差がある。最も高齢化の進む町が,最も医療費が少ないのである。2000人の町で,一人当たり30万円も医療費が少なければ,単純計算で6億円も削減した計算になる。

 「仕事が忙しくて,医者に行っている暇がない」と,菖蒲さんは笑う。上勝町は,元気な高齢者が働いている町なのだ。