提案書をユーザー企業に提出した後、その提案書に付加価値を与える方法がある。プレゼンテーションまでの期間をただ漫然と過ごすのではなく、競合状況などの情報収集に最後まで努力するべきである。それにより的確な付加情報の提供が可能になり、ユーザー企業の最終決断にも大きな影響を与えることができる。
「提案書提出後からプレゼンテーション」までの長い時間をどのように過ごしているだろうか(図1)。ただひたすら、おとなしく沙汰を待つのでは芸がない。受注したい“熱き心”を伝え、既にユーザー企業の手元に渡ってしまっている提案書のエネルギーを高める工夫をしてはいかがだろうか。
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図1●ステージ別で見た提案の“業務プロセス” |
提出後「あっ、しまった!あそこは○○にしておけばよかった」と思うこともあるだろう。そう思っても、あとの祭りだとあきらめてしまうSIerは多いようだ。
提案書の内容のうち大事なポイントにそのような個所があれば、即刻退場の憂き目を見ることになるが、それ以外なら絶対不可とは限らない。案件によっては差し替え可能な場合もあるので、心当たりがあるSIerは誠意をもってトライしてみてほしい。もちろん、案件によっては許されない場合もある。しかし、そうした場合でも、提出済みの提案書はそのままで、提案書の価値を高める方策があるのだ(図2)。
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図2●顧客の手元にある「提案書」の価値を高める方策 |
提案書提出後、何もしないよりも、最後のダメ押しをして失注したら、あきらめもつく。それこそ学習効果を高めて、次の機会に頑張ればよいのである。
さて、最後の駄目押しだが、そのためにはやはり情報が必要である。「競合他社がどこなのか」、「ユーザー企業が判断に思い悩んでいるのかいないのか」、あるいは「既に方向は決まっていて、それこそ沙汰を待っている状況なのか」などの情報を知ったうえで行動していれば、受注に向けた有効な駄目押し策を講じるか、今回はあきらめて次の機会に向けた布石を打つ、といった有効な行動が取れるのだ。
しかし提案書の提出後に、そんなことを聞き出すためにSIerがユーザー企業にアプローチできないのは常識。それどころか、SIer各社に競合がどこかを知られたくないユーザー企業は、提案書の受け付けでも郵送や電子メール、「日時指定の持参」といったやり方でSIer同士が出くわさないようにするなど、SIerの皆さんが想像している以上に神経を使う。
そのため、正攻法の直球ではそのまま弾き返されるのがオチだし、ちょっとやそっと鎌をかけるぐらいでは、そのような情報を引き出すことはできない。そこで“クセ球”が必要になる。もちろんコンプライアンス(法令遵守)上、疑義を持たれることのない方法でなければいけないのだが。
こう書くと、「この期に及んで競合他社が分かったって、どうしようもないではないか」などとぼやく声が聞こえて来そうだ。しかしこのフェーズでは、あえて深慮遠謀することが大切なのである。
「今さら」と思っても競合状況をつかめ
確実に競合他社の情報をつかむ方法は無いが、ある程度の確度をもってつかむことは可能である。
例えば、日時指定で提案書の提出を求められた場合、競合他社を知るための手段としては、競合他社の提案書の提出が予定されていそうな日時に、若手に張り込みをさせるというのがある。しかし、若手の資質・能力に左右されるので、人的資源に余裕がないとできない手段である。特に最近では、そのような仕事をさせると、その若手が翌日から出社しないという人事リスクもあるので、あまりお勧めできる方法ではない。
別の方法としては、プレゼンテーションの実施時期になったら、プレゼンに参加するはずのユーザー企業のキーパーソンに対して、競合他社のプレゼンが予想される時間帯近くに別件でアポを入れてみる手がある。客先の受付などで他のSIerの担当者とすれ違えば、その企業と競合している可能性は高い。さらに、受付で来訪者名簿をのぞくとか、やや強引だが、多少の“ごたく”を並べて面談時間を延長して、次の面談のために訪れた他社をチェックするとか、競合他社を探る手段はいくつかあると思う。もちろん社会常識の範囲内にとどめておくのは当然だ。
プレゼンの時期になれば、プレゼンに出席するユーザー企業の担当者は極めて多忙になる。ただ、該当プロジェクトに関係するキーパーソンでも、プレゼンに出席しない人ならば比較的時間が空いている。こうした人たちに別のテーマでのアポを入れ、ユーザー企業の動きをじっくり探るという手もあるだろう。
ところで、SIerの皆さんはプレゼンの順序について考えを巡らせたことがあるだろうか。最も作為的でないプレゼンの順序は、会社名のアイウエオ順というところだろうが.ユーザー企業は時として本命候補、つまり採用予定候補のプレゼンを先に行わせる。プレゼンでの質問に対して回答するための時間を与え、より良い提案に仕立て上げてもらって、早く社内の手続きを進めたいとの思惑が働いている場合などに、よくある話である。
一般的に、システム開発プロジェクトの全体スケジュールに余裕があるわけではなく、社内検討やRFPの作成にも時間を要しているため、SIerの選定作業を早め早めに進めようとする。最近では、早い段階からPMO(プロジェクト・マネジメント・オフイス)が発足していて、開発プロジェクトについてのWBS(ワーク・ブレークダウン・ストラクチャ)といった手法で進ちょくを管理しているケースが増えているため、こうした“手口”を用いるユーザー企業が増えてきていると思った方がよい。従って、プレゼンの順番は競合状況を把握する上で、極めて重要な情報なのである。
ちなみにプレゼンの順番については、ストレートな質問で正直に回答してくれるユーザー企業もあるかと思う。ユーザー企業が自ら告げることはないが、聞かれれば秘匿する明確な理由も無いので、SIerから聞けば案外簡単に教えてくれる可能性もある。
さて、このような段階にきて競合状況が分かったからといって、何ができるか。その疑問に対してお答えしよう。
ユーザー企業からの質問への対応が勝負どころ
ポイントは「質問への対応」である。この連載を最初から読まれている皆さんはピンと来たと思うが、RFPを提出する前には質問する側だったSIerは、RFP提出を機に質問を受ける立場になる。すなわちこのステージ、あるいはプレゼンテーション以降のステージでは、ユーザー企業から受ける質問に対して、いかに価値の高い回答を出せるように準備するかが、勝負どころなのである(図3)。
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図3●重要となる「質問への対応」 |
当然のことだが、ユーザー企業の質問の内容はかなりの確率で、提案書を提出したSIer各社へのユーザー企業のスタンスを反映したものになる。見込みのないSIerには全く質問が無いか、あったとしても本筋とは関係がなく、ユーザー企業の担当者が社内で選別理由を説明する際のセリフの足しにでもしようしているかのような質問が関の山だ。
そいうわけだから、ユーザー企業からの質問に対しては、相当慎重に、かつ繊細な感度を持って接する態度が必須であるのは言うまでもない。質問がなぜ出て来たのかということをあらゆる角度から検討し尽くしたうえで回答してこそ、功を奏する。単なる回答ではなく、付加価値を付けて回答できれば、既にユーザー企業の手元に渡っている提案書に触れずして、提案書の輝きを増すことができるのだ。
質問の背景、誰が何のために質問してきたのかなどを考察して、その上で回答内容に「本当はここが聞きたかったのでありませんか?」という点がさりげなく付け加えられていれば上出来である。従って、ユーザーが本命視しているのはどのSIerの提案なのかといった情報が重要になる。それにより、競合他社が得意とするところと、自社の得意とするところを冷静に分析して、よりていねいな質問への回答が可能になる。それは、ユーザー企業にとって“今、価値ある情報(質問している時点で本当に欲しい情報)”となる。
ところで質問への対応で注意してもらいたいのは、質問と疑問を履き違えて対応すると思わぬ失態をすることになるということだ。時間が無いからといって、拙速な行動は慎んでほしい。なぜならユーザー企業は、決断の材料とするために質問への回答を待っているからだ。
ユーザー企業はすべての案件に対して、そこまで考えて行動しているのかという質問があるかと思う。答え難いものがあるが、少なくとも案件が戦略的に重要なものであればあるほど、このようなチェックを大なり小なり実施した上で、提出された提案書に関しての最終判断を行い、最終決定を図ろうとしていることは事実である。
さて、いよいよファイナルステージに近付きつつある。次回の最終回では、「プレゼンテーション時から幕引き(クロージング)」までのプロセスについてお話して、本連載の総仕上げとしたい。
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