成果主義人事制度が失敗する要因の1つに人事評価制度をきっちりと確立していないことがある。社員が納得できる評価基準や仕組みを整えるのはもちろん、評価者になる管理職の評価能力を高めることも大切だ。今回は、評価基準の作成法や評価者訓練のコツを紹介する。

 昇進昇格のフレームと職務基準の輪郭がはっきりしてくれば、次に人事評価制度の構築に着手しましょう。人事制度の構築と聞くと、どうしても給与や賞与などの賃金に目が向きがちですが、実は賃金制度の構築そのものはさほど難しくありません。最も難しいのは評価制度の確立です。社員が理解し、納得できる基準や仕組みを整えることが大切になります。

職種別の人事評価基準の作成を

 評価基準を検討する際、職種別に期待する成果や職務プロセスを構築することが重要になります。いまだに全社一律の評価基準を使用している会社もありますが、営業職と技術職、事務職では期待する要件が全く異なるので、職種別に人事評価基準を構築すべきです。

 また、技術職でも、顧客へのサービスを主に手掛けている社員と、製品開発を担当している社員とでは、期待する成果が違って当然です。人事評価基準を細分化しすぎるのも問題ですが、役割や成果が明らかに異なる職種については、別々に分けて検討すべきでしょう。

 さらに、経営方針に沿った評価基準を設定するように心掛けてください。成果主義と言いながら「協調性」や「勤怠状況」といった内容で判断していては、人事制度を変えた意味がありません。例えば、売り上げの拡大よりも利益を重視する経営方針を打ち出したのであれば、コストダウンを図って収益を改善した営業担当者の評価が上がるような評価基準にすべきです。

 では、職種別の人事評価はどのように設計すればよいのでしょうか。仕事の結果を判定する「成果・業績評価」と、仕事のプロセスや姿勢などを判定する「職務プロセス評価」に分けると、理解しやすくなります。最終的には、この2つの評価基準を合わせたものが職種別の人事評価基準になるからです。

 まずは成果・業績評価から見てみます。営業職は成果・業績が比較的明確ですが、それでもある1つの軸だけで判断すると、不公平感や矛盾を生じてしまいます。売上高や粗利益高といった成果・業績を判定する場合、(1)目標や計画に対する達成率、(2)前年からの伸び率、(3)業績の絶対額、の3つの角度から判定できるように、1つの判定基準を採用するのではなく、様々な基準を組み合わせて評価基準を設定する必要があります。

 その一方で、技術職や事務職のように成果・業績がはっきり表れにくい職種では、取り組んだプロジェクトや、業務の効率化、レベルアップといったテーマも評価項目に加えるのが妥当です。図1は、あるソフト会社のシステムエンジニア向けに作成した「成果・業績評価表」ですが、個人の成果・業績だけでなく、チームの成果・業績を評価項目に加えているのは、他の社員と協力しながらチーム全体の成果・業績を上げることを期待しているためです。また、技術職の場合、数値として表れない成果・業績も見る必要があります。「テーマ評価欄」を設定し、担当プロジェクトごとの納期や品質を判断するようにしているのもそのためです。

図1●成果・業績評価表【SE職用】
図1●成果・業績評価表【SE職用】
付加価値高とは、プロジェクトの受注額を参画メンバーに割り振ったもので、各人の売上高に当たる
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 仕事の結果だけで人事評価をしていると、会社が一匹狼の集団になってしまったり、人材が育ちにくくなったりするという弊害が起こる恐れがあります。こうした事態を防ぐため、仕事のプロセスや姿勢、能力といった要素についても評価しなければなりません。これが職務プロセス評価です。

 職務プロセス評価では、職種ごとに期待する重要業務や姿勢、知識・技能などをピックアップし、評価基準を設定します。図2は、あるソフト会社の技術部門のリーダー職の「職務プロセス評価表」です。このソフト会社はリーダー職に「顧客ニーズへの意識」「開発テーマの提案」「進捗管理」を期待しているので、それらが職務項目として並んでいます。

図2●職務プロセス評価表【プロジェクトリーダー職用】
図2●職務プロセス評価表【プロジェクトリーダー職用】
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 職種別の評価基準ができれば、評価者や評価期間、評価点の調整方法といった運用ルールの設定に入ります。人事評価には社員の優劣を判定する目的だけではなく、(1)社員の強み・弱みを正確につかんで能力の開発につなげる、(2)貢献度に応じた適切な処遇を行って社員のモチベーションを高める、(3)上司と部下との意思疎通に生かして業務改善や業績向上につなげる、という目的もあります。ですから、人事制度の運用が成否の鍵を握っていると言えます。そこで、評価者を対象にした評価者訓練と面接者訓練をぜひ実施してください。専門家に依頼せずに実施できます。

 このうち、評価者訓練は“甘い辛い”といった評価者の傾向を修正するための研修です。5~6人ずつのチームに分かれ、チームのメンバー全員が知っている特定の社員を評価します。それぞれの評価点を一覧表にまとめ、評価項目ごとに「なぜこの点数をつけたのか」を発表し合い、ディスカッションを重ね、参加者は“甘い辛い”といった評価傾向(エラー)を認識しておきます。

 これに対し、面接者訓練は評価結果を部下にフィードバックするためのスキルを身に付ける研修です。ロールプレイングで学ぶもので、参加者の中から2人を選んで、評価結果を上司が部下に伝える面談を10分から15分かけて再現します。この時、部下役は上司役の特定の部下を演じ、ほかの参加者はロールプレイングの終了後に上司役の人にアドバイスします。ごく簡単な方法ですが、極めて高い効果を得ることができます。

 人事評価に対して不満を持つ社員がいますが、実はその多くは評価者に対する不満です。上司の評価能力や面談能力を高めることは、社員の能力開発や志気の向上につながり、ひいては業績アップに役立ちます。

山口 俊一 新経営サービス人事戦略研究所所長
中堅・中小企業の人事制度策定、組織運営、人材採用支援に関するコンサルティング、講演、執筆活動を中心に活躍。独自の発想と中小企業の実情に沿った指導には定評がある。著書に『成果主義人事入門』(中央経済社)など。