ステップアップ,転職(転社),独立,ハッピー・リタイア。取材でお世話になった人々が様々な形で職や立場を変えていく。自分の周囲にそれが目につくようになってきた。自分が若造とは言えないほどに年齢を重ねてきた証拠だろう。記者は団塊ジュニア世代の一人だが,きっと同世代の読者の方々もそうお感じになる瞬間が増えてきたと推察する。

 記者にはIT業界内に友人が何人かいる。その内の一人,BI(Business Intelligence)のコンサルティングをしている30歳代前半の友人が,勤めていたITベンダーを辞めるという。聞くと「小休止だ」と言う。「ちょっと疲れたので,しばらく休んでフラフラする。貯金と知人経由のアルバイトでしばらく食いつないで,それから次のことを考えるつもりだ」。

 実際のスキルのほどは推測するしかないのだが,会話をすれば相当な地頭の良さの持ち主であることは分かる。その友人であれば,激しく変化するコンピュータ技術の流れの中でも,そう難儀することもなく第一線に復帰できるだろう。「なぜ」「どうして」「安定した立場をまるっきり捨てることはないのでは」と質問を並べ立てようと思ったが,そんな友人にはなおさら余計なお世話だろう。この話題は発展することもなく,記憶にとどめるまでもない雑談に移り,その後別れた。

 後で会話を思い返し,自分に少し恐怖した。友人が会社を辞めると聞いたとき,ステップアップのための転職だろうと先入観を持っていた。だからこそそうではないと聞いた時に「なぜ」と思った。「ステップアップこそが我らの行く道」という考え方に凝り固まっていたのだ。

 IT業界ならなおさら多様な働き方ができるはず。相応の成果を上げるだけの気力,想い,そこから得られたスキルの蓄積があるならば,友人の言うとおり「小休止」することは決して困難な決断ではない。多様な生き方がそこここにあると知識レベルでは知っていたものの,記者の内側では,それが「普通にあるもの」として受け容れてはいなかったのだろう。