家庭網の課題は画質と応答性の両立

 NGNとともに,ホーム・ネットワーク技術の開発も活発化している。現在国内で検討されているホーム・ネットワークは,イーサネット,PLC(power line communication:高速電力線通信),無線LAN,ZigBeeなどの伝送形態と,映像提供やセキュリティ,ヘルスケア,アメニティなど種々のサービスが,IPという共通プロトコルで結合し,連携するものである。

 この中でテレビは,単なるテレビ放送受像機としてだけでなく,多様な用途で活用されるディスプレイになる。セットトップ・ボックスはホーム・ゲートウエイとともに,安心,安全,快適な暮らしを演出するためのアクセス端末となる。

 映像サービスに関しては,品質や安全性,信頼性といったNGNの特性をホーム・ネットワーク上で生かさなければ,エンド・ツー・エンドのサービス品質を確保できない。例えば,IP再送信サービスで送られた地上デジタル放送をホーム・ネットワーク上で視聴する場合,直接放送波で受信するのと同等のサービス内容や映像品質,操作性が求められる。

 特に考慮を必要とするのが映像品質の確保である。ホーム・ネットワーク内の伝送形態が多様化するのに対し,伝送エラーをどう低減し,エラーをどう訂正するかが重要になる。

 現在考えられている方法としては,ホーム・ゲートウエイとセットトップ・ボックスの連携動作により,ホーム・ゲートウエイがホーム・ネットワークの伝送品質を動的に検出し,(1)最適なビットレート/コーデック/解像度で中継する方法,(2)FECを最適な強度で付与し直して中継する方法,(3)再送可能なプロトコルに変換して中継を行う方法──などがある。

 ただしこれらの対策を講じてもなお,伝送エラーの回復が困難な場合には,映像・音声メディア上のエラー・コンシールメント処理も必要になってくる。(図4

図4●ホーム・ネットワークでの映像品質の確保
図4●ホーム・ネットワークでの映像品質の確保
ホーム・ゲートウエイとセットトップ・ボックスの連携により,伝送路品質を検知し,適応的にフォーマット変換を行う。
[画像のクリックで拡大表示]

 これとは別に現在,UWBWirelessHDなど新しい無線伝送手段によって,高ビットレートで映像音声信号を伝送する技術が開発されている。将来はこれらの技術によって,伝送エラー問題が解決されると期待されている。

欠かせない伝送/操作遅延対策

 一方,ホーム・ネットワークを経由することで発生する伝送遅延や操作遅延(応答性)への配慮も欠かせない。通常,ネットワークを介するメディア伝送では,伝送路の遅延やジッター,ロスに対処するため,これらを吸収するのに十分な受信バッファをセットトップ・ボックス内に設ける。受信バッファにデータが一定量たまってから再生を始めるため,実際には数秒程度の遅延が発生する。同様に,ザッピング(番組チャンネル切り替え)の際には,受信バッファをいったんクリアーするため,操作上の応答性が悪化して,ユーザーに不快感を与える場合もある。

 一般に映像品質と応答性はトレードオフの関係にあるため,両立した性能を技術面や運用面で確保することが今後の課題となってくる。

 実サービスで映像品質や応答性に基づいてサービス品質を改善するためには,セットトップ・ボックスとホーム・ゲートウエイやビデオ・サーバーを連携させて,品質データを計測する必要がある。

 この種の品質データとしては,遅延やジッター,ロスなどのQoSデータをRTCP-XRチャネルに乗せてやり取りするのが一般的だ。しかし,そこから映像品質や応答性を正確に把握することは難しい。

 そこでセットトップ・ボックスの内部処理データを使い,ユーザー体感品質(QoE)に近いパラメータを検出することが必要になる。ユーザーの観点に立ち,映像品質のMOS評価値やリモコン操作に対する画面応答時間,映像コンテンツ視聴開始に至るまでの検索操作回数などを自動計測し,これらをQoEパラメータとして活用する。こうして得たQoEデータは,サービス障害発生時にユーザーが体感する品質を客観的に表現した値でもあるため,セットトップ・ボックスの遠隔保守にも役立つ。

 ホーム・ネットワーク上の映像中継の技術課題を回避するため,宅内で受信した映像ストリームをHDMI(high-definition multimedia interface)やRF(radio frequency)などテレビが備える映像入力インタフェースの信号にフォーマットし直して,無線や同軸ケーブル経由でテレビに送る方式も考えられる。RFならIPネットワーク特有の遅延やジッター,ロスといった伝送品質の劣化を回避でき,安定したQoEを得られる。

トランスコーダで映像シームレス化

 NGNとホーム・ネットワークが連携することにより,屋内外の各種サービスはシームレスにつながる。セットトップ・ボックスは,従来担っていた映像サービスの受信端末としての役割を超え,ホーム・ゲートウエイと連携して,各種サービスの操作端末へと進化すると予想される。

 NGNとホーム・ネットワークの連携は,メディアからの解放(映像,音声,Webデータ,生活情報,個人発信メディアなど),場所からの解放(マルチルーム,屋外),機器からの解放(セットトップ・ボックス,テレビ,パソコン,携帯電話,ポータブル・プレーヤ),時間からの解放(放送,VOD,ダウンロード)を促進することになる。

 ネットワーク環境と端末環境が多種多様な中,シームレスな映像サービスを行うには,環境の特性に応じて適切な伝送フォーマットで映像を中継する必要がある。実現手段は,セットトップ・ボックスまたはホーム・ゲートウエイの内部に,映像コンテンツのコーデックやビットレート,解像度などを自在に変換できる「トランスコーダ」を設け,ターゲットとなる視聴先に中継する方法が有効である(図5)。

図5●トランスコーダによる映像サービスのシームレス化
図5●トランスコーダによる映像サービスのシームレス化
「いつでもどこでも」の映像サービスを実現するために,トランスコーダは重要なコンポーネントである。
[画像のクリックで拡大表示]

 トランスコーダにより,家庭内や外出先のネットワークや,DLNA対応テレビ,携帯,ポータブル・プレーヤなどの視聴端末の性能を超える映像配信は,性能を超えない範囲に最適化された後で視聴端末へ中継される。HDDやポータブル・プレーヤなど蓄積デバイスへも適切なフォーマットでコンテンツをコピーすることが可能となる。

 既にHDTV品質の実時間トランスコーダ・チップは実用化されている。今後は,処理の高速化やトランスクリプト(DRM変換)の内蔵などが進展すれば,NGNやホーム・ネットワークでの利便性はますます向上するだろう。

 また,様々なサービス分野に最適化したアプリケーションを,タイムリーにセットトップ・ボックスに実装するには,機能追加や変更が容易なソフトウエア・プラットフォームを構築する必要がある。北米CATV規格のOCAPや通信機器のソフトウエア規格OSGiがその一例である。オープン・プラットフォームによるソフトウエア開発は,サービスごとの開発コストやスピード,品質を高め,市場拡大を促進するのに有効である。