NGN時代のセットトップ・ボックスは,デジタル放送並みのIPTVサービスを視聴するだけでなく,NGNとホーム・ネットワーク連携による多様なサービスにアクセスするための家庭内端末に進化する。ホーム・ゲートウエイとの連携による品質制御もネットワークのシームレス化にとって重要である。

 国内のIPTVサービスは2008年以降,NGNや地上デジタル放送のIP再送信をきっかけとして,市場の拡大が期待されている。ただ現在のところは,事業として十分な収益性を確保できるまでの市場に成長してはいない(図1)。

図1●IPTVサービスの変遷
図1●IPTVサービスの変遷
北京オリンピック開催の2008年以降,NGNや地上デジタル放送のIP再送信を利用した新たなサービスが本格化する。
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 セットトップ・ボックスはテレビに接続して様々なサービスを受けるための機器の総称であり,これまでCATV用の受信端末などが市場の大半を占めていた。しかし現在,NGNや地上デジタル放送のIP再送信などへの期待感から,国内外の通信機器メーカー,家電メーカーを巻き込んで,IPベースの端末開発が加速している。

 セットトップ・ボックスは同時に,住環境制御やホーム・セキュリティなど様々なホーム・ネットワーク・サービスに接続可能なアクセス端末としての側面も持つ。

通信事業者が高品質映像を配信

 NGNの核であるIMSQoS機能として,SIPを使ってサービスごとにネットワークの通信品質を保証する手段を用意している。これにより映像サービスに必要な帯域が一定期間確保され,パケット・ロスのないストリーミング配信が可能となる。通信事業者は,デジタル放送と同等品質の商用映像サービスを提供するようになると予想されている。

 しかもIMSは,SIPとその関連プロトコルにより,電話やマルチメディア,ローミングといった各機能を,オープンなインタフェースで実現するための枠組みを決めている。サービスを提供する事業者はこの枠組みに基づき,音声や映像,データを自在に組み合わせて,アプリケーションを構築できる。このため,従来の電話や放送,Webなど単一的なサービスだけではなく,場所や機器,機能の多様化に対応した新たなサービス機会を生み出せる。

 従来のIPTVサービスは,主として放送サービスとVODサービスを中心に,純粋な映像音声コンテンツを配信するだけのものだった。双方向性を持ちユーザーごとの帯域制御も可能なNGNの登場によって,個々のユーザー・ニーズに合わせた付加価値の高い魅力的なサービスに進化し,収益性の高いビジネス・モデルを形成できる可能性が増す。

 例えば,外出先から携帯電話などを使ってビデオを視聴したり,外出先から自宅にアクセスし,家電などをコントロールしたり,その状態を確認することが簡単に可能になる(図2)。

図2●NGN時代のホーム・ネットワークサービス
図2●NGN時代のホーム・ネットワークサービス
携帯機器からNGNを経由してポータルにアクセスすることで,ホーム・ネットワーク・サービスをいつでもどこでも享受可能になる。
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 このようなNGNの品質と多様性を考慮すると,NGN時代のセットトップ・ボックスに対して,(1)映像サービスの普及,(2)ホーム・ネットワークの普及,(3)多種サービス連携の普及──のそれぞれの観点で,考慮し解決すべき技術課題が浮かび上がってくる(図3)。

図3●セットトップ・ボック考慮すべき技術課題
図3●セットトップ・ボック考慮すべき技術課題
今後の映像サービスでは,量的な技術課題(大量のコンテンツ/アクセス)と質的な技術課題(視聴品質と利便性)がクローズアップされる。
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高度検索と分散で大量データを活用

 映像サービスは,NGNのキラー・サービスの一つと考えられている。サービスが普及していくと,コンテンツ数と視聴アクセス数の増大に対応するための技術が必要になる。

 映像配信サービスは,放送型,VOD型,ダウンロード型の三つに分類される。このうち放送型では,ユーザーからのニーズが高い,見逃し番組への対応について考慮する必要がある。

 主な対策としては,録画と配信を行うためのネットワークDVR(digital video recorder)をサーバー側に配置する方法がある。START OVERNVODと呼ばれるサービスがその代表例である。しかし,これらにはサーバー設備の増強を必要とするだけでなく,コンテンツ・ホルダーとの権利処理という課題がある。

 VOD型やダウンロード型も見逃し視聴と同様に,視聴アクセス数の増大に伴ってサーバーとネットワークの増強が必須となる。こうした課題を解決する技術的な取り組みの一例として,P2P技術によるコンテンツ配信ネットワークがある。これはサーバーとセットトップ・ボックスの伝送路上にある共有ノードが,コンテンツを分散して蓄積・中継する仕組み。セットトップ・ボックス自身を共有ノードとして利用することも可能である。

 P2PにはDRM機構を持たないパソコン用ソフトによる著作権侵害問題の報道などの影響で,否定的なイメージが強い。しかしP2Pは本来,コンテンツ配信の側面で,システムの拡張性や耐障害性,システム・コスト低減などの強みを持つ。今後,放送型サービス(放送および見逃し視聴)やダウンロード型サービスへの適用が期待されている技術である。

 さらにメニュー画面だけでは表示しきれない膨大なコンテンツをユーザーに認識させ,サービスの利用を促進するには,コンテンツ発見を容易にする仕組みが必要になる。そのため,EPG/ECGやランキング,リコメンドといった視聴選択サービスの中で,視聴ログに基づいたユーザーの嗜好分析が重要な技術になる。

 この嗜好分析は,単にユーザーが見たいコンテンツを容易に発見できる利便性だけでなく,広告収入モデルによるサービスの普及を加速する道具としても有効である。

 例えば,ユーザーごとの嗜好に沿った広告の流し込みやショッピング・サイトへの誘導が可能となる。このようなサービスに対応するため,嗜好分析とともに,広告を強制的に視聴させる技術が開発されている。この技術は既に,一部で実用化されている。

桜田 孔司(さくらだ・こうじ)
沖電気工業メディアネットワークアプライアンスカンパニー 商品開発第1部課長
1986年,電気通信大学大学院修士課程修了。同年沖電気工業入社。文字認識,画像認識,動画像符号化,動画像通信の方式研究,システム開発に従事。2003年よりIPセットトップ・ボックスの開発に従事。2005年より現職。