日立製作所 田渕 英夫

 前回までは,「複数のストレージ装置を1つに見せる仮想化」について解説してきた。だが,第1回で述べた他の方式,すなわち(a)物理的に単体のストレージ装置を論理的に複数のストレージ装置に見せる仮想化や,(b)アプリケーションに対し,ストレージの物理容量に依存せず仮想的にストレージの容量を見せる仮想化についても解説する。さらに,最近登場した(c)ファイル・システムの仮想化についても触れておこう。

(a)単体のストレージ装置を複数に見せる

 このタイプの仮想化では,複数のユーザーや業務のデータが1台の物理ストレージ装置に格納される場合を想定し,ユーザーや業務ごとに,専用のハード資源を持つ「仮想ストレージ装置」を提供する。専用のハード資源とは,例えばハードディスク・ドライブ(HDD),キャッシュ・メモリー,サーバー接続用ポートなど,容量や性能を決定付けるキー・コンポーネントを指す。

 各仮想ストレージ装置の管理者は,各々が管理する仮想ストレージ装置にのみアクセス可能になる。このため,操作ミスや不正アクセスによる万一のデータ消失や情報漏洩などのリスクを回避できる。

 仮想ストレージ装置は,目的に応じてハードウエア資源の構成を決定できる。大きなキャッシュ・メモリーを割り当てれば,高性能な仮想ストレージ装置を構成することも可能である。

(b)実容量より大きく見せる

 「ボリューム」または「LU(Logical Unit)」と呼ばれるストレージ装置内のディスクは,ボリューム単位で使用可能な状態にしておくのが一般的である。ここで登場する仮想化は,業務アプリケーションに割り当てるボリュームのサイズを自由に定義できることが特徴である。そのサイズは,実際の実記憶容量に依存せず,それより大きな値を指定してもよい。アプリケーションがデータを書き込むとき,ストレージの実記憶領域が動的に割り当てられ,使用される。

 通常,サーバーにボリュームを割り当てる場合,今後想定されるデータの増加量を予測し,そのデータ量に見合うようにボリュームの容量を決定する。このキャパシティ・プランニングは,ストレージ装置内のボリューム数が多いほど手間がかかる。

 だが近年,画像や動画など,多様でサイズの大きなデータが急増しており,将来のデータ量を予測することが困難を極めている。データ量の増加は,必ずしも予測通りにならぬ場合があり,ストレージ全体としてボリュームの容量を有効利用できていない状態になる。例えば,予想外にデータ量が増加し,あるボリュームのみデータが満杯となり,記憶領域が不足する事態に陥ったとしても,別の業務やアプリケーションに割り当てられているボリュームの空きスペースを使用することはできなかった。

 ここで紹介する仮想化技術によって,面倒なキャパシティ・プランニングをしなくても,ストレージ全体の容量を効率的に利用できるようになる。ストレージ装置が持つ実記憶領域は論理的なプールとして管理され,従来のボリュームは「仮想ボリューム」として定義される。業務アプリケーションが仮想ボリュームにデータを書き込もうとしたとき,容量が必要ならプールの記憶領域の一部が動的に割り当てられる(図6)。仮想ボリュームのサイズは自由に定義できる。

図6●ストレージの物理容量に依存せず,ストレージ容量を大きく見せる仮想化
図6●ストレージの物理容量に依存せず,ストレージ容量を大きく見せる仮想化
管理者は物理ボリュームごとに予備容量を用意する必要がなく,ストレージ・プールが不足しないように注意するだけでよい。

 ストレージ管理者は,ストレージ全体を見てプールが容量不足にならないよう,注意するだけでよい。HDDなどの追加タイミングも最適化しやすい。多数のボリュームを抱えていても,ストレージ装置全体における記憶容量の利用効率は非常に高くなる。導入コストの低減に加え,消費電力,空調などのランニング・コストを抑える効果もある。

 さらに,仮想ボリュームはストレージ装置の実記憶容量に依存しないでサイズを決定できるため,最初から非常に大きなサイズを設定しても構わない。こうしておけばキャパシティ・プランニングの手間を削減できる。

 プールに格納されるデータを,複数のHDDあるいは複数のRAIDグループに分散格納できる製品もある。これにより,従来のようにボリューム間の負荷の偏りを最小化する性能設計作業を行わずとも,ボリュームのアクセスの負荷の平準化が可能になる。

(c)ファイル・システムの仮想化

 さらに上記以外の仮想化としては,NAS(Network Attached Storage)が搭載しているファイル・システムの仮想化が進んでいる。通常は,NAS装置ごとにファイル・システムが搭載されるが,仮想化により,複数の装置をまたがって1つの仮想的なファイル・システムとして運用できるようになる。NAS装置側の構成変更に対して,アプリケーション側の設定変更を少なくできるメリットもある。

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 データの増加に伴い,ストレージ・システムは複雑化の一途をたどっていたが,仮想化によりシンプルで扱いやすいストレージを実現できるようになった。TCOを抑えつつストレージを構築・管理・運用できる有力手段として仮想化技術は欠かせないものとなり,今後ますます適用が進んでいくだろう。

日立製作所 田渕 英夫(たぶち ひでお)
 RAID システム事業部 製品企画部の主任技師。入社以来,ハイエンド・システム向けストレージの製品企画業務に従事。世界中の企業システムやデータセンター内外でユーザーが抱える問題を解決しつつ,社会や個人の生活をさらに豊かなものに変えていくためのストレージのあり方に想いを巡らせている。