宮本君は,この4月に自分の部署のネットワーク担当者になったばかりの新米管理者だ。その宮本君,今日は仕事が早めに終わったので,終業後の空き時間を利用して,届いたばかりの日経NETWORK最新号を読んでいた。
そんな宮本君の姿を見ていた佐々木さん。佐々木さんは,宮本君の隣の部署のネットワーク担当者で,管理者になって10年目のベテランだ。宮本君にとっては,いろいろと相談に乗ってくれる頼れる先輩である。
そんな佐々木先輩が,いつも勉強熱心な宮本君に声をかけた。
わかったつもりでも現場で使えないんです
先輩:感心感心。今日もネットワークの勉強かい?
新米:はい。日経NETWORKの最新号を読んでいたんですよ。
先輩:ネットワーク管理の仕事には慣れたかい?
新米:それなんですけど…。最近ちょっと挫折気味なんです。
先輩:いきなりどうしたんだい。いつもの宮本君らしくないな。
新米:こうやってネットワークの勉強をしていても,現場に出るとまったくダメなんです。この前も,ちょっとしたトラブルが起こったのに,結局自分では原因すら見つけられませんでした。
先輩:日経NETWORKの記事は理解できているのかな?
新米:まあ,なんとか。それぞれの記事の内容はある程度わかるんですけど,なにか基本的なところが理解できていないような気がするんです。勉強したことが実践に生かせていないし。勉強方法が間違っているのでしょうか?
ネットワークの勉強をしてもなぜかわかった気がしない――。新米管理者の宮本君は本気で悩んでいるようだ。
読者のみなさんの中にも,こんな感覚を味わった経験のある人が意外と多いのではないだろうか。
でも大丈夫。佐々木先輩は宮本君の話を聞いているうちに,なにやら解決策を思いついたようだ。
先輩:たぶん君は,通信の全体像が見えていないんだよ。個々の技術の知識はあるけれど,それらが通信全体の中でどういう位置付けにあるのかがわからないんじゃないかな?
新米:通信全体というのは,LANだけでなくWANの技術も勉強した方がいいということですか?
先輩:そうじゃない。コンピュータ同士が通信するためにはどういう機能が必要で,それぞれがどのように関係しているかを整理して考えるということなんだよ。これがわかっていれば,新しいネットワーク技術を勉強するときにも,とまどうことなく理解できるようになる。
その理解に役立つのが「レイヤー」という考え方なんだ。レイヤーがわかれば,通信のしくみがスッキリわかるよ。
「レイヤー」という言葉自体は,ネットワークの勉強をしたことがある人なら一度は耳にしたことがあるはず。「レイヤー3スイッチ」や「物理レイヤー」のレイヤーである。
佐々木先輩は,通信をレイヤーで考えるとネットワークの技術がわかりやすくなると言っているが,新米の宮本君にはなかなか理解できないようだ。
通信をするのに必要な約束事を探してみよう
新米:レイヤーを辞書で調べると地層とかの「層」という意味ですね。
先輩:うん,そうだね(笑)。
新米:ダジャレですか?
先輩:いやいや(苦笑)。言葉の意味を知る前に,ちょっと別の視点からレイヤーを考えてみよう。
新米:はあ。
先輩:今,わたしと君は会話でコミュニケーションしているよね。では,なぜ会話が成立していると思う?
新米:話が飛びますね。もちろん,言葉が通じているからでしょう?
先輩:もう少し具体的に言うと,お互いが日本語で話をしているからだ。私がロシア語しか話せなかったらおそらく会話は成立しない。
しかしその前に,わたしが話した言葉が君の耳まで届かなければ,お互いが日本語で話していても声すら聞こえないよね(図1-1)。
図1-1●通信(コミュニケーション)には約束事が必要 私たちが何気なく交わしている「会話」は,いくつかの前提(約束事)の上に成り立っている。 [画像のクリックで拡大表示] |
新米:つまり,コミュニケーションには声を伝える空気も必要だということですか?
先輩:そうだ。まだあるぞ。たとえば,わたしが「経理の田中さん」と言ったときに,君はわたしと同じ田中さんのことを思い浮かべるだろう?
新米:そうですね。
先輩:これは,わたしと君で「経理の田中さん」が指すイメージが同じだからなんだ。このように,わたしたちは共通したバックグラウンドを持っているから会話ができる。今話した三つの事柄のうち一つでも欠けると,コミュニケーションはとれない。
新米:つまり先輩が言いたいのは,コンピュータ通信でも,お互いにいろいろな前提がないと通信できないということですか?
先輩:その通り。通信するにはいくつもの約束事があって,お互いがその約束事を守る必要があるんだ。
キツネにつままれたような顔をしていた新米の宮本君。しかし,佐々木先輩と話をしていくうちに,通信をするためには,お互いがいくつもの約束事を守らなければならないということは理解できたようだ。
でも,それがレイヤーとどう関係するのだろうか。もうしばらく佐々木先輩の話に耳を傾けよう。