先日,米ワシントン・ポスト紙に「米国人がインターネットを発明したが,今や日本人がそれを独占している」という書き出して始まる記事「Japan's Warp-Speed Ride to Internet Future」が掲載された。

 これは日本が世界最速のインターネット・インフラを構築し,スピードは米国の30倍も速いと指摘する内容だ。日本ではフルスクリーンのテレビをインターネット経由で視聴でき,超高速回線を活かした遠隔医療や在宅勤務が始まりつつあると,利用面も紹介されている。米国内である程度の反響があったようで,ソーシャル・ニュース・サイトの「Digg」や「Google Public Policy Blog」などで,さまざまな議論を呼び起こしている。

 ワシントン・ポストの記事でとりわけ興味深いのはインターネットの生みの親の一人と呼ばれ,現在は米Googleのバイス・プレジデントを努めるヴィントン・サーフ氏のコメントだ。サーフ氏は「日本の速度面でのリードは気掛かりだ。なぜなら,インターネットのイノベーションが米国から離れ,(日本へ)シフトしてゆくだろうからだ」と警鐘を鳴らしている。

 これを読んだとき,瞬間的には「そうは言っても,まだまだ米国,特にシリコンバレーがイノベーションの中心地だろう」と筆者は思った。西海岸のベイエリア周辺で形成されている産業クラスターは圧倒的だからだ。ネットワーク機器は米Cisco Systems,検索エンジンはGoogle,OSは米Microsoftといった構図は,当分の間変わりそうにない。インターネットのインフラ的技術は,米国企業が主導する状態が続くだろう。

 しかし,である。しばらくして,少し視点を変えて考えてみると,サーフ氏の日本人にとってはうれしい“警告”は,案外そうなるかもしれないと思えてきた。

 例えば,「ニコニコ動画」だ。ニコニコ動画が生み出した「疑似同期型コミュニケーション」=「多くの人が動画を同時に見ているかのような感覚に浸れる」仕組みは,まさにイノベーションの名に値する。筆者はニコニコ動画のこの仕組みは,10年に1度のコミュニケーションの大革命だと思っている。

 ニコニコ動画内で盛り上がっている「アイドルマスター」や「初音ミク」も,広義のインターネットの技術やコンテンツと呼べなくもない。前者は世界で初めて本格的に成功したバーチャル・アイドルであり,後者は世界で初めて実用レベルに達したバーチャル・シンガーだ。ニコニコ動画には,アイドルマスターの映像や初音ミクの音声を使う,ユーザーの手によって作られたさまざまな動画が日々大量に投稿されている。そして,これらの活動を支えるのが安価なブロードバンド回線であることは言うまでもない。

 つまり,ブロードバンドを基盤とした,ニコニコ動画やアイドルマスター,初音ミクといった「技術とコンテンツの融合」と,それらを巧みに活用する「層の厚いユーザー・コミュニティ」こそ,日本のインターネットが持つ最大の強みだ。特に,日本語ブログが投稿数で世界一ということからも分かるように,国内のユーザー・コミュニティの質と文化創出力の高さは明らかに世界最高水準だと思う。

 インターネットのインフラ技術やSaaS(Software as a Service)のようなビジネス・アプリケーションは米国が中心だろうが,動画コンテンツや仮想空間など,広帯域を必要とするアプリケーションの分野では,日本から新たなイノベーションが起こる――このような可能性も高く,まさに「日本はじまったな」と思える昨今である。