配信網の形態が生み出している短所を補完すべく,製品ベンダーやサービス事業者は実装に工夫を凝らしている。そのため,ツリー型とメッシュ型の境界はあいまいになってきた。例えばウタゴエの「Ocean Grid」で採用しているメッシュ型の配信網は,「バックアップ・サーバー」を置き,受信が追い付きそうにないときには,各ノードはここからデータを受け取る。

 ツリー型の場合,動的にツリー構造を変えて,特定のノードがダウンしても配信に大きなダメージを与えないようにする方法がある(図1)。例えばIBMの「Peer-to-Group Media Broadcast」は,配信ツリーを複数構築し,パケットごとに違うツリーに向けて送り出す。あるノードは,ツリーによって上位にあったり下位にあったりする。そしてツリーは目まぐるしく変わる。このため,ツリーの一つの上位にあるノードがシャットダウンしてツリーから脱退しても,配信にはほとんど影響しないという。

図1●耐障害性を高める実装方法の例
図1●耐障害性を高める実装方法の例
左はIBMの「Peer-to-Group Media Broadcast」の仕組み。送り出すパケットごとにツリーの上下関係が変わる。右はビットメディアの「シェアキャスト2」の仕組み。近隣ノードとツリー構造に関する情報をやり取りして,必要に応じて配信経路を変える。ツリーは存在するが,仕組みはP2P(peer to peer)的である。  [画像のクリックで拡大表示]

 ツリー構造を動的に変えるのは,ビットメディアの配信サービス「シェアキャスト2」も同様だ。ただし手法は,ツリー型というよりはメッシュ型に近い。ツリー上にある各ノードは,近隣のピアと通信してツリー構造をある程度把握している。データをもらっていたノードが消滅すると,その後は近隣のほかのノードから送ってもらう。

 このシェアキャスト2を含め,オーバーレイ・マルチキャストの実装方法として目立つのは,「IPマルチキャストを併用せずアプリケーションの通信だけを使い,メッシュ型に近い配信網を形成し,マルチキャスト・クライアントをパソコンにインストールして使う」ものである。Ocean GridとTVバンクの「BBブロードキャスト」も,大きくはここに分類できる。ノードは配信網に参加するときに,サーバーから近隣にあるノードのリストを入手し,そこと協調動作しながら最適な経路でパケットを受け取る。パケットの入手が困難なときには,配信サーバーまたはそのバックアップ・サーバーから受け取る。

トラフィック削減効果で注目集める

 これまでに説明した特徴を生かすと,オーバーレイ・マルチキャストはどのような効果を上げられるのだろうか。2006年末,P2P的な実装をするオーバーレイ・マルチキャストのサービスによるトラフィック削減効果の実測結果から,「実はインターネットに流れるトラフィックは,オーバーレイ・マルチキャストで削減できるのではないか」という議論が巻き起こった(図2)。

図2●オーバーレイ・マルチキャストで動画配信のトラフィック削減した例(TVバンク)
図2●オーバーレイ・マルチキャストで動画配信のトラフィック削減した例(TVバンク)
同社はメッシュ型の配信網を採る。測定により,少なくともセンター側が送り出すトラフィックが大幅に削減されたことが分かった。  [画像のクリックで拡大表示]

 実測したのはTVバンク。2006年10月,BBブロードキャストを使用して,768kビット/秒の映像でプロ野球中継を配信。このときの実測データから,配信サーバーからインターネットに送り出されるトラフィックが5分の1以下に削減された事実が明らかになった。

 この配信を視聴したユーザーは最大時で4万8545人。ユニキャストで配信したと仮定すると,配信サーバーから流れ出る総トラフィックは約37Gビット/秒に達する。しかしこのケースでは,サーバー側からのトラフィックは約6.97Gビット/秒にとどまった。

 サーバーは全視聴者のトラフィックを送り出したわけではない。マルチキャスト・クライアントが,バケツ・リレーでパケットをコピーして近隣のノードに送っていった結果,大幅にトラフィックを削減できた。同社は,オーバーレイ・マルチキャストでなければこうした大規模配信はできなかっただろうと指摘する。

商用化サービスは少しずつ増加

 効果を検証する動きと並行して,新たに技術を開発して商用サービスを目指す動きも見られる。ブラザー工業は「次世代コンテンツ配信システムのIPストリーミング放送システム」を発表し,8月16日に実証実験サービス「D-Stream」を開始した。パソコンにインストールしたマルチキャスト・クライアントだけで構成する方式で,状況に応じて動的に構造を変えるツリー型の配信網を使う。電子証明書を使った機器認証やDRM(digital rights management)などの特徴があるという。

【追記】本文最後の「商用化サービスは少しずつ増加」の段落で触れたブラザー工業の「次世代コンテンツ配信システムのIPストリーミング放送システム」は,9月19日に商用化した。このシステムは「Einy Broadcast」という名前の技術になり,ブラザー工業はEiny Broadcastを使う配信システムの製品(製品名は特にない)を販売している。