国内で商用化されているオーバーレイ・マルチキャスト関連の製品やサービスは六つある(表1)。それぞれの実装上の違いはいろいろあるが,ここでは三つの観点に着目する。「配信網に参加しているノード間の通信方法」,「マルチキャスト・クライアントの動作環境」,そして「配信網の形状」である。

表1●オーバーレイ・マルチキャストには多様な実装方式がある
表1●オーバーレイ・マルチキャストには多様な実装方式がある
「配信網をどのような構成にするか」「どんな仕組みを使って配信するか」「クライアントに必要とする仕組みは何か」の三つの観点から分類した。「ノード同士が通信するメッシュに近い配信網を持ち,マルチキャスト・クライアント同士の通信でデータを伝送していく」タイプの実装が目立つ。

 ノード間の通信方法は,大きく「アプリケーション同士の通信(ユニキャスト)だけ」と「アプリケーション同士の通信とIPマルチキャストを併用する」に分けられる。前者は,パソコンにインストールしたマルチキャスト・クライアントや,同様の役割を果たす中継サーバーでマルチキャスト配信網を構成する。この配信網は,一般的なIPネットワーク上に作られる。

 一方,後者のIPマルチキャストを併用する方法は,IPマルチキャスト機能を備えるIPネットワーク上に構築する。簡単に言えば,「IPマルチキャストが使えないネットワーク区間だけ,アプリケーション同士の通信でマルチキャスト・パケットをトンネリングさせよう」という発想で作られている。

 現時点で見ると,アプリケーション同士の通信だけを使う製品やサービスが主流となっているが,NTTアドバンステクノロジ(NTT-AT)の「LiveSpark」やエム・ピー・テクノロジーズの「CAST365PLUS」などは,マルチキャスト・クライアント同士の通信とIPマルチキャストを併用している(図1)。

図1●IPマルチキャストが使えないところだけアプリケーションでルーターと同じ処理をする実装方法
図1●IPマルチキャストが使えないところだけアプリケーションでルーターと同じ処理をする実装方法
用途は同じだが,「はじめからユニキャストでトンネリングするか,必要に応じてトンネリングするか」および「パソコンにマルチキャスト・クライアントを必要とするかどうか」で実装に違いがある。
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 この二つも,細かく見ると実装方法が違う。具体的には,マルチキャスト・クライアントが必要かどうかと,トンネリングの方法が異なる。LiveSparkは,マルチキャスト・クライアントをインストールする必要がなく,IPマルチキャストのクライアント機能で利用できる。配信サーバー側が置かれたネットワークとマルチキャスト・クライアントがあるネットワークに,ゲートウエイ・サーバー(LiveSparkゲートウエイ)を設置し,ここでマルチキャストをユニキャストでトンネリングしたり,その逆の処理をする。配信サーバーは,IPマルチキャストでパケットを送り出し,クライアントはIPマルチキャストとして受信する。つまりこの製品では,配信網を作る事業者や企業が中継サーバーをネットワーク上に設置するのが前提となっており,配信網は固定される。

 一方のCAST365PLUSは,パソコンにマルチキャスト・クライアントを導入しなくてはならないが,ゲートウエイ・サーバーは不要だ。配信サーバーは,まずIPマルチキャストで送信してみる。それが不発に終わると,IPマルチキャストをユニキャストでトンネリングして,「ペアレント」と呼ぶマルチキャスト・クライアントの代表者に送る。ペアレントは,同じネットワーク上に他のマルチキャスト・クライアントがあると,そこに向けて受け取ったパケットをIPマルチキャストで送信する。

配信網は2種類あり長所短所が逆

 配信網の形状は「ツリー型」と「メッシュ型」に大別できる(図2)。ツリー型は,配信サーバーを基点として,そこにマルチキャスト・クライアントが枝葉のようにつながっている構成である。配信網に参加しているノードの上下関係がはっきりしており,上位にあるノードからパケットを受け取り,下位に別のノードがいれば,そこに向けて送り出す。図1に示したLiveSparkの配信網は,典型的なツリー型だ。

図2●配信網の構造が異なる実装方法別の長所と短所(配信サービス事業者のウタゴエによる分析)
図2●配信網の構造が異なる実装方法別の長所と短所(配信サービス事業者のウタゴエによる分析)
実際はきれいなツリー型,メッシュ型の構造になっているわけではなく,短所を補う工夫を加えていることが多い。例えばウタゴエはメッシュ型に近い方式でサービスを提供しているが,「バックアップサーバー」も設置。配信が追いつきそうにないときには,ここから配信サーバーの代わりにマスターのデータを送出する。また近隣のノードを記述したリストも,ここで配付する。
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 これに対してメッシュ型は,ノードは近隣にある他のノードと全方位的につながっている。そして,近隣ノードと稼働状況や通信状況をやり取りしながら,配信経路を動的に変えていく。こうしたデータ伝送の方法はP2Pと同じである。

 ツリー型とメッシュ型のそれぞれに,長所と短所がある。ツリー型とメッシュ型を両方手がけた実績を持つ配信事業者のウタゴエは,ツリー型の長所はデータを配信できているかどうかを把握しやすいこと,短所はツリーを構成する上位のノードが消えてしまうと下位に位置するノードに影響する点だと指摘する。メッシュ型の長所と短所はその逆になる。配信網を構成するノードがシャットダウンなどで一部消えても,ツリー型ほど影響しない点が長所。つまり,ノードの配信網への参加と脱退に強い。短所は,配信できているかどうかがツリー型に比べ把握しにくい点だという。