オーバーレイ・マルチキャストは,IPマルチキャストと同じ効果を通常のIP通信であるユニキャストで実現する技術である。受信ソフトとなるアプリケーションが,受け取ったパケットをコピーして他のアプリケーションに中継することで,同時配信機能を実現する。その特徴から「アプリケーション・レイヤー・マルチキャスト」とも呼ばれる。

 とはいうものの,IPマルチキャストと異なり,パケットの送り方に何らかの標準規格が存在するわけではない。アプリケーションでマルチキャストをする各種技術の総称である。

 オーバーレイ・マルチキャストの主な用途はIPマルチキャスト同様,IPネットワークを使ってテレビのように映像を多数のクライアントに同時配信することである(写真1)。

写真1●オーバーレイ・マルチキャストを使った商用の動画配信サービスが始まっている
写真1●オーバーレイ・マルチキャストを使った商用の動画配信サービスが始まっている

 IPマルチキャストとの最たる違いは,「同時送信するパケットをコピーして送る中継作業をするのは誰か」にある。IPマルチキャストでその役割を担うのはルーターである。これに対してオーバーレイ・マルチキャストでは,パソコンにインストールしたマルチキャスト・クライアントが担当する。つまりマルチキャスト・クライアントが,受信だけではなく中継もこなすのである(図1)。

図1●オーバーレイ・マルチキャストの基本
図1●オーバーレイ・マルチキャストの基本
マルチキャスト・クライアント(アプリケーション)がパケットを受け取り,それをコピーして次のノードに送る。IPマルチキャストと同じ配信網をアプリケーションで実現した仕組みといえる。

利用始まるも,認知度アップはこれから

 オーバーレイ・マルチキャストは比較的新しい技術である。例えば配信サービスを手がけるビットメディアが,現行サービスの前身である「シェアキャスト」を開始したのは2002年3月のこと。商用化された製品やサービスの多くは,ここ1~2年で登場したものである。

 最近になって本格的に活用され始めたこともあり,オーバーレイ・マルチキャストはIPマルチキャストほど認知されていない。例えば「オーバーレイ・マルチキャスト=P2P」とみなされるという誤解も見受ける。実際のところ,P2P技術を用いない実装もある。

 メッシュ型の配信網を採用しP2P技術を実装していると,「P2P=ファイル共有=悪い」と不安視される場合もある。現在商用化されている製品やサービスは,もっぱら映像または音声(部分的に静止画)の同時配信に使われており,ファイル共有サービスのためではない。また,セキュリティを確保するために,ユーザー認証や不正コンテンツの配信を防止する仕組みを備える実装もある。

ネットを問わずマルチキャストを実現

 現在,映像などの同時送信技術としてメジャーなのは,IPマルチキャストである。その長所と短所を分析すると,オーバーレイ・マルチキャストの特徴と活用場面が見えてくる(図2)。

図2●オーバーレイ・マルチキャストの特徴
図2●オーバーレイ・マルチキャストの特徴
IPマルチキャストと同様の特徴を持ちつつ,「ルーターを設定しなくてはならない」「インターネットを使う配信には向かない」といったIPマルチキャストの短所をカバーする仕組みも持つ。

 IPマルチキャストを使うと,送信を要求したマルチキャスト・クライアントが多数あっても,配信サーバーが送り出すデータは一つで済む。マルチキャスト・パケットは,ネットワークを構成するルーターが必要に応じてコピーして配信するからである。コンテンツ配信する側から見ると,マルチキャスト・クライアントがどんどん増えても配信サーバーの能力を高める必要がないため,コストを抑えられる。

 このメリットは,オーバーレイ・マルチキャストでも得られる。パケットはネットワーク接続したパソコンで稼働するマルチキャスト・クライアントがコピーするからだ。

 一方で,IPマルチキャストを実現するには,ネットワークを構成するルーターでIPマルチキャスト機能を動作させる必要がある。ルーター間でマルチキャスト用のルーティング・プロトコルをやり取りさせるほか,クライアントがIPマルチキャストに参加することを通知するプロトコルも動かす必要がある。加えて,適切な設定を施さなくてはならない。「あるIPマルチキャスト用のアドレスに対するリクエストがあったら,配信サーバーから送られてきたパケットはこのポートに流す」といった設定である。

 こうした理由から,一般にインターネット上ではIPマルチキャストの利用に制限が加わる。例えば,一つのインターネット・サービス・プロバイダ(ISP)に閉じているとか,提携関係にある限られたISP間だけでしか使えないといった制限である。

 これに対してオーバーレイ・マルチキャストは,ネットワーク構成にはあまり左右されない。配信サーバーを置き,ユーザーのパソコンにマルチキャスト・クライアントをインストールすれば,マルチキャスト・ネットワークを構築できる。「受信者が接続しているネットワークを限定せずに映像を同時送信する」あるいは「IPマルチキャストを使えないネットワークで映像を同時送信する」用途に向く。もちろん,インターネット環境でも利用できる。

 オーバーレイ・マルチキャストの短所は,マルチキャスト・クライアントをパソコンで稼働させるという実装に関係している。マルチキャスト・クライアントがフリーズしたり,稼働中のクライアントをシャットダウンしたりすると,その動作や行為が結果的にマルチキャスト配信に影響を与えかねない。いかに安定した配信網を保てるように実装するかが,技術的な課題であり,工夫のしどころである。

ルーターはそのままでマルチキャストを実現

 オーバーレイ・マルチキャストの最大の長所は,低コストでマルチキャスト・ネットワークを実現できることだ。IPマルチキャストの配信網は,通信事業者が構築することが多い。その際にユーザー数の予測を誤ると,「配信網を準備したが予想以上のアクセスがあり,視聴できないユーザーが出てしまった」とか,「アクセス数が伸びず,設備投資が無駄になった」といった事態が起こり得る。オーバーレイ・マルチキャストでは,こうした過不足が発生しにくい。というのは,マルチキャスト・クライアントの数が増えると,結果的に網全体の中継能力も強化されることになるからである。

 こうした特徴があるので,オーバーレイ・マルチキャストはユーザー数を問わず,適用しやすい。例えば,大企業が導入して社長のメッセージの映像を多くの社員に同時配信するといった用途もあれば,エンドユーザーが手軽に映像配信をするCGM(consumer generated media)としての用途でもオーバーレイ・マルチキャストが採用されている。