営業職を中心に成果主義に基づいた新人事制度を導入したが、思うような効果が表れず、制度の見直しなどを検討するIT企業が少なくない。しかも、最近では受注価格の下落などで技術職に導入することも必要になってきた。そこで、失敗しない成果主義人事制度導入のコツを紹介する。

 成果主義人事制度は、従来の職能資格制度を中心とする能力主義とよく混同されます。能力主義の「能力」とは、人材の保有能力を主に指し、必ずしも毎年の実績を指しているわけではありません。ですから、高い技術力を備えた社員の実績が前年を下回った時、能力主義だと技術力は優れたままなので、依然として高い評価ですが、成果主義だと実績が落ちたので評価は低くなります。

 業績が右肩上がりで伸びている時は、職能と実績が連動しなくてもさほど問題になりませんが、経営環境が厳しくなると、そうは言っていられません。優秀な中国人技術者やインド人技術者の台頭などによって受注単価は年々下がり、顧客の要求は一段と厳しくなり、技術者の投入工数も増えています。これまでITサービス業界は営業職に成果主義人事制度を導入し、技術職は成果の測定が難しいことなどから導入に慎重でしたが、厳しい事業環境を考えると、程度の差はあっても「成果主義」に移行せざるを得ません。では、どのような手順で進めればよいのでしょうか。

 まずは導入の目的を明確にしてください。というのは、ほとんどの会社の人事・賃金制度は、経営戦略や経営課題とかい離してしまっているからです。人事評価では、経営課題や部門課題に沿った成果を上げた社員を評価し、処遇することが重要です。例えば、技術者にも生産性や受注成果を期待するならば、収益の高い部門や受注に貢献した社員の評価を高くすべきです。

 導入の目的を明確にするとともに、人事制度を改革する目的を徹底的に議論することも大切です。成果主義人事・賃金システムの目指すところは、「業績に応じた人件費のコントロール」と「(優秀な)社員の意欲高揚」、「社員の成果志向アップ」の3つに集約されます。もちろん、経営方針、収益状況、社員構成などによって、目的は異なります。優秀な人材の意欲アップに重点を置く会社もあれば、全体の能力を底上げしなければならないという会社もあるでしょう。それによって、制度内容や人事施策は変わります。

現状把握に不可欠な財務・賃金データ

 現状を正しく捉えることも大切です。我々がコンサルティングする場合、現在の人事制度内容や財務・賃金データといった資料の分析、経営陣に対する経営・人事方針についてのヒアリング、社員に対する意識調査という3つの視点から現状分析をしていますが、財務・賃金データを簡単に分析する方法を紹介します。

 図1をご覧ください。自社の総額人件費が適正水準にあるかどうかを判断する資料です。これを使って売上高や付加価値高に占める人件費の割合を見ます。過去5期分程度の決算書を用意し、損益計算書から主要項目を図1に記入してください。外部購入費とは、仕入れや外注費などの原価を指します。一方、人件費は、役員報酬、給与、賞与、退職金、法定福利厚生費、福利厚生費、雑給といった項目を合算します。従業員数については、パートなどは勤務時間に基づいて正社員換算するか、一律正社員0.5人分として計算すればよいでしょう。

図1●過去の推移や同業者と比較することによって、総額人件費を把握する
図1●過去の推移や同業者と比較することによって、総額人件費を把握する

 現在の人件費を把握する際、重要指数になるのは「1人当たり付加価値高」と「1人当たり人件費」、「労働分配率」です。このうち、労働分配率とは、社内で生み出した付加価値に対する人件費の割合です。この水準が高くなるにつれ、企業の利益を圧迫します。これらの重要指標を同業種の平均値と比較してみてください。ソフトウエア開発業、とりわけ中小企業の労働分配率は高水準にあります。社員の生産性を示す「1人当たり付加価値高」が低い半面、社員の給与水準を示す「1人当たり人件費」はさほど低くないからです。

 同業種でも、商品構成や営業形態が微妙に異なるので、自社の過去の実績と比較することも必要です。例えば、5年前より収益が大幅に悪化しているのであれば、5年前の決算と比較すれば原因を把握できます。収益悪化の要因が生産性の低下によるものか、人件費の高止まりによるものかといった点が明らかになるでしょう。

 この分析結果を基に人件費についての方針を固めることが重要です。例えば、「労働分配率を現在の65%から、3年後には60%以内にする」とか「1人当たり付加価値を1200万円以上にするとともに、1人当たり人件費を600万円以上に高める」といった具合に、人件費についての基本方針を明確にすべきです。