Virtualizationは仮想化と訳される。ITの世界では今、仮想化というキーワードがホットである。コンピュータ・メーカーやIT企業は盛んにこの言葉を喧伝しているし、企業の情報システム部門も含め、技術者達にとっても、仮想化技術は関心事の一つとなっている。

 経営者に対し、「仮想化をしたいので予算を下さい」と言ってくる担当者はさすがにいないと思うが、なんらかのIT投資案件の起案書の中にこの言葉が出てくる可能性は高い。経営者が「仮想化とは何か」と首をひねる機会はこれから増えるかもしれない。

 仮想化は、様々な定義ができるキーワードである。難しく言えば、仮想化とは「技術の下位レイヤーの振る舞いや特性を隠蔽する考え方および技術」となる。ただ、これでは経営者やビジネスマネジャーは何のことか分からないだろう。ここでは難しい解釈は置いておき、なぜ、仮想化が注目を集めているのか、仮想化によって何ができるのか、を説明する。

はじまりは「もったいない」

 御社の情報システム部門に、20年~30年選手のベテランはおられるだろうか。なかなか話をする機会はないと思うが、可能なら「仮想化という新しい技術が話題のようだが」と声をかけてみて欲しい。ベテランは苦笑いをするか、「ええまあ」と歯切れの悪い答えをするに違いない。

 実は、ベテランにとっては、仮想化など当たり前であまり新味のない技術である。メインフレームと呼ばれる昔から使われてきた大型コンピューターにおいては、仮想化は当たり前であった。その古い技術がなぜ注目されているのか。そもそも、なぜ、メインフレームで仮想化が生まれたのか。

 先日、米IBMを訪問、メインフレームを製造している工場に行く機会があり、IBMが40年前になぜ仮想化に取り組んだのかという興味深い話を聞いた。メインフレームの黎明期であった1967年当時、コンピューターといえばメインフレームしか無かった。ここで、技術者にとって色々と困る事態が発生したという。

 技術者達は自分が開発したコンピューター・プログラムをテストしたい。しかし、コンピューターは一台しかない。さてどうするか。技術者は考えた。一台のコンピューターで色々な人のプログラムを同時に動かし、しかも、他の人のプログラムに影響を与えないような仕組みはできないものか。早速、こうした仕組みを実現する制御プログラムを書き、コンピューターに実装したのである。これが仮想化の始まりである。

 この話は、IBMが「自分達こそ仮想化の原点であり、リーダーである。したがってIBMメインフレームの仮想化は今後さらにすごいことになる」ということをアピールしたいがためにしていると捉えることもできる。しかし注目したいのは、IBMが仮想化技術を競争に勝とうという目的で開発したのではない、ということである。すなわち、仮想化は、技術者の単純な動機、すなわち、「困っているから何とかしたい」ということから生まれた。言い換えると、高価なコンピューターを一人が占有するのは「もったいない」という動機がそこにあった。

サーバーで発生した「もったいないこと」

 IBMが仮想化をメインフレームで実現してから40年が経った今、仮想化が改めて注目されているのは、サーバーと呼ばれる新しいコンピューターの環境で、「困っていること」や「もったいないこと」がたくさん出てきているからに他ならない。

 メインフレームがメーカー独自の基本ソフトを搭載してきたのに対し、UNIXサーバーやPCサーバーと呼ばれるコンピューターは、UNIXやWindowsと呼ぶ共通の基本ソフトを搭載しており、オープン・サーバーとも言われている。価格が安いこともあり、メインフレームに替わるコンピューターとして多くの企業に大量導入された。

 しかし、この増えすぎたサーバーが一番の困りものになっている。企業規模にもよるが、大企業では設置サーバーの数が数万台というケースもよくある。こうした状況を放置しておくことは、経営者として非常にまずい。仮に一社のサーバーの数が5万台であるとし、一台30万円であるとしても、合わせると150億円である。サーバーのハードウエアだけでこの金額であり、ソフトウエア費とメンテナンスなどサービス費用も合わせれば優に500億円を超える金額となる。

 これらが、さらに増えると聞いた経営者はどう判断するか。これまでのやり方では、「コストを抑えるために新規システム開発と新規サーバー導入は凍結」となりかねない。しかし、これでは、ITを本当に使いたい人が使えないという問題が起こる。そこで、仮想化という考え方が改めて急浮上したのである。

困ったことや、もったいないことを解決する仮想化

 増えすぎたサーバーの問題は、複数のサーバーを一つのサーバーに入れることで解決に向け大きく前進する。実際、サーバーに仮想化技術を適用すると、一台のサーバーを複数台のサーバーであるかのように利用できる。基本ソフトを含めた複数のサーバー環境を丸ごと一台のサーバーに収めるようなものだ。仮想化技術を使うことで、台数や維持管理コストを抑えても、利用者の利便性を損なうことなくITを使える環境が用意できるのである。

 サーバーの仮想化によって、「もったいない」状態を、「もったいなくない」状態にすることもできる。現在企業に大量導入されているサーバーの大半を見ると、実は、動いていない時間が相当ある。電源は入っているのだが、アプリケーション・プログラムは実行されていない、待ち時間が長い。そのくせ、急に大きなアプリケーション・プログラムを動かそうとすると、サーバーが突然動かなくなってしまうなど、かなり未成熟な技術レベルにある。これは、皆さんが普段お使いのパソコンを見ればお分かりだろう。画面表示をしているだけ何も動いていない状態だったのに、画像を動かすとパソコンが突然止まってしまうようなものだ。

 仮想化をうまく使えば、あるサーバーが空いている時間帯に、ほかの人のアプリケーションを動かし、全体として効率的に処理できる。自分のパソコンで人の仕事をさせると聞くと抵抗感を持つ人がいるだろうが、サーバーではそのようなことは基本的に問題とならない。問題になるのは誰がそのサーバーを買ったのかという所有権だけである。このように積極的にサーバーの「空き」を無くすこと、すなわち、サーバーの稼動効率を上げることは、無駄な電気を使わないという意味で、地球温暖化対策の一環ともなる。

 誕生から40年を経た仮想化技術はこれからまだまだ進化する。ばらばらなサーバーを一台にまとめるだけではなく、ばらばらに置かれたままで、しかもあたかも一つのシステムのように見せる機能が登場しつつある。まだ発展段階にあるものであるが、近い将来、ばらばらにサーバーを置いていても、空いているサーバーで、他のサーバーからの処理を受け付けられるようになる。このような機能がない場合は、たくさんサーバーを保有していても、サーバーAにその能力の100%を超える処理をさせたい場合、サーバーBが空いていたとしても、BでAの処理を代行することはできない。

 仮想化は、困ったことやもったいないことを解決する技術である。必要は発明の母という。仮想化とはまさに技術者の必要性から生まれた。したがって、仮想化は単なる流行ではなく、ITのインフラストラクチャにまつわる課題を賢く解決するための普遍的な考え方であり技術であると言える。

経営者が取るべきは「賢い」選択

 経営者の方はぜひ、仮想化は経営の課題を解決するためにあると改めて認識されたい。この場合、課題を解決するための賢い選択とは、課題を正しく認識し、賢い考え方と技術を賢く使うことである。まずは、御社のサーバーの状況確認から始めていただきたい。困ったこと、もったいないことはないだろうか。コスト削減のために、全てを画一的に削減してしまい、結果として企業内外へのサービスレベルを低下させようとしていないだろうか。

 現在、世界の優れた経営者は、賢い考え方や技術を巧みに使うことでさらに成長しようとしている。インドや中国の企業が、日本の想像を超えるスケールとスピードで、新たな脅威となろうとしている。日本の経営者はこのことを十分に認識しておく必要がある。

 以上の経営者の姿勢は、仮想化に限らず、ITすべてに通用する。ITの最新技術を賢く選択し、賢く使うことはこれからの企業経営者に不可欠な能力である。その際、御社の課題を「困ったことやもったいないことが無いか」という観点でまずは注意深く点検されることをお勧めする。

亦賀 忠明★★ガートナー ジャパン リサーチ バイスプレジデント)