本記事は日経コンピュータの連載をほぼそのまま再掲したものです。初出から数年が経過しており現在とは状況が異なりますが、この記事で焦点を当てたITマネジメントの本質は今でも変わりません。

海外ソフト会社に開発を委託し,コスト削減を目指す動きが活発になっている。インド,中国,スリランカ,ベトナムなど海外でのソフト開発委託の経験が豊富な筆者が,失敗しないための手順や実践的な注意事項を解説する。今回は経験がまったくない人から頻繁に受ける質問を挙げながら解説。次回,経験者が悩んでいる問題について取り上げる。

岡崎 邦明

 日本には巨大なIT市場と,多様な業務知識,豊富な専門技術があります。海外には潤沢なソフト技術と低コストのリソースがあります。図1のように「開発/外注管理」,「業務知識/技術」,「プログラミング/基本技術」の三つの要素に注意しながら海外のソフト会社を活用できれば,業績を伸ばすことが可能です。

図1●日本企業と海外ソフト会社の協業の理想的な姿。日本企業は開発/外注管理をきっちりと実施しないと破たんする
図1●日本企業と海外ソフト会社の協業の理想的な姿。日本企業は開発/外注管理をきっちりと実施しないと破たんする

 しかし,これまでもブームに乗って海外のソフト会社に開発を委託し,失敗した企業の例は枚挙にいとまがないほど多いのが事実です。それだけ難しい問題が内在しており,必ず注意しなければなりません。ここでは,海外にソフト開発を委託するときの手順や注意点を解説します。

海外のソフト会社への開発委託でまず気をつけなければならないことは何ですか?

 日本でも海外でも品質チェックのような基本事項は変わりません。しかし,海外特有の注意事項が加わります。

 基本的なポイントは,(1)狙いの明確化と開発拠点の選択,(2)海外に委託しやすいソフトの選択,(3)国をまたぐときの注意,(4)委託形態の選択です。

 このように海外委託では,発注者が注意を払うべき事項が多くなります。しかも状況が刻々と変化するので,常に監視して問題を早期に見つけ,対策を立てられる開発体制が必要です。

(1)狙いの明確化と開発拠点の選択
安さに気を取られると痛い目に会う

 一般に,海外活用の狙いは大きく二つに分けることができます。特定分野のスキル活用と開発コスト削減です。それによって発注側の対応は変わってきます。

 海外委託には,図2のように日本に外国人エンジニアを呼ぶ「オンサイト開発」と海外のソフト会社が現地で開発する「オフショア開発」があります。

図2●オフショア開発とオンサイト開発の違い。オフショア開発では海外ソフト会社に開発を委託する。オンサイト開発では日本企業に海外のプロジェクト・リーダーや技術者を呼んで開発する。図には示していないが,オフショア開発とオンサイト開発の混在型もある。オンサイトのプロジェクト・リーダーが中心になって委託先の海外ソフト会社を管理する
図2●オフショア開発とオンサイト開発の違い。オフショア開発では海外ソフト会社に開発を委託する。オンサイト開発では日本企業に海外のプロジェクト・リーダーや技術者を呼んで開発する。図には示していないが,オフショア開発とオンサイト開発の混在型もある。オンサイトのプロジェクト・リーダーが中心になって委託先の海外ソフト会社を管理する

 特定分野のスキル活用を狙うなら,オンサイト開発も選択肢に入ります。ただし,オンサイト開発では,日本での生活費がかさむために人件費が高くなってしまいます。コスト削減を狙うならオフショア開発が前提になります。

 ただし,オフショア開発でも委託費の安さだけに気を取られてはいけません。同時に管理費(人件費や翻訳費など)や仕上げのための費用を抑える努力が必要になります。海外との物理的距離を埋めるコミュニケーションに手を抜くと開発そのものが失敗してしまいます。ただし,漫然としていると管理費や仕上げのためのコストがかさみ,全体のコストが下がりません。管理にかける国内の工数を減らす必要があります。

 3~5年先を予想しておくことも重要です。成長しており動きの速い海外では,人件費が急上昇する場合もあるからです。委託だから気軽に移転できると考える日本企業もありますが,結局コスト高になってしまいます。一方で人材の教育・育成に時間と費用をかけ過ぎないように注意することも重要です。

 オンサイト開発では,発注側と同じ場所で一緒に仕事をするので,何か問題が発生してもすぐにわかります。これに対し,オフショア開発では委託先が見えないため様々な問題が発生します。失敗事例を研究してその理由を分析し,きちっと対応する必要があります。多くの場合,「ブリッジSE」とか「ブリッジ・コーディネータ」と呼ばれる日本と現地の橋渡し役が必要であり,プロジェクト成否のカギを握ります。

(2)海外に委託しやすいソフトの選択
単純な開発は意外と失敗する

 ソフト開発は,グローバル・スタンダードの技術主体の案件と,アプリケーション開発のように日本の業務知識や専門技術が必要な案件に大別されます(図3)。海外にはWindowsやJava,オブジェクト指向技術などに優れた技術者が多く,そういった技術を使う案件は比較的委託しやすい。しかし,日本の業務に精通する人材は,当然のことながら海外には少なく,育成にも時間がかかるので,アプリケーション開発は容易ではありません。

図3●海外のソフト会社に委託しやすい案件
図3●海外のソフト会社に委託しやすい案件

 ソフト開発が短期的なものか,長期的なものかによって選択すべき委託先が変わることにも注意すべきです。短期的なら,物理的/文化的に近くて日本からの受注経験がある海外ソフト会社を選ぶべきです。海外ソフト会社の日本の法人/事務所に頼むのもよいでしょう。委託コストは多少高くなるかもしれませんが,発注側の管理工数を削減できます。

 長期的で継続的なら,多少物理的/文化的に距離があっても,素質のある海外のソフト会社を選んだほうがいいでしょう。苦労も伴いますが長期展望で教育することが可能になります。

 開発案件の質によっても変わります。単純で作業量が膨大。通常は,そんな案件をまず委託しようと考えると思います。ところが,かなりの日本企業が単純作業の委託で失敗しています。

 これに対し,技術的には難しいが少数の技術者で仕上げられるテーマの場合,成功することが多い。これは,海外では優秀な大卒エンジニアがソフト開発に就くことが多く,さらに難しい問題に挑戦しようとするからです。自分の能力と給料を高めようという意欲が強いのです。優秀な人は単調な仕事をやりたがりません。