むかし、むかし(笑)、インターネットを始めたころのことですが、当時はダイヤルアップで接続が頻繁に切れる環境の中で、MITのコーヒーサーバーのコーヒーの残量をチェックしたり、クリントンの愛猫ソックスの鳴き声を聞いたりしながら、IP一つで世界中のどこにでも行けることは凄いことだな、と実感した記憶があります。・・それにしても古い例えですみません!(笑)

 グローバルとは、国境などの境目が無く、丸い地球が一つのものであることを意味しているわけですが、まさにインターネットはグローバルメディアであり、他のメディアと異なった位置付けにあるといえると思います。その後、企業のインターネット活用は大きく進展し、グローバル企業のグローバルなコミュニケーションの手段として定着しました。

 というわけで、今回は日本を代表するグローバル企業の一つである日立の高橋さんに対談のパートナーをお願いしました。

高橋 幸喜(たかはし こうき)
高橋氏

岩城:高橋さん今日は。御社の海外向けサイトはたいへん充実していますが、そもそもどのような目的のもとに展開されているかをお聞かせ願えますか。

高橋:岩城さん、こんにちは。本日はどうぞ宜しくお願いいたします。はい。充実していると言っていただけると大変光栄なのですが、展開、整備もまだまだ道半ばで今後さらに充実させていかなくてはならないと考えているところです。

 さて、ご質問の海外向けサイトの目的ですが、おかげさまで、日立ブランドは日本国内においては、まずまずのご認知を頂戴していると考えておりますが、海外では地域によって会社名や製品、事業カテゴリ等から想起されるブランドイメージもまちまちです。これは、弊社が独自に行っている海外の主要国や主要都市でのブランドイメージ調査でも明らかになっています。

 ブランドイメージを高めるための取り組みとして、ご存知のようにマス媒体を利用した企業広告の活用がありますが、その範囲をグローバルに広げた途端に莫大なコストが必要となります。小さなコストでグローバルに広く薄くマス広告を打ってもまさに砂漠に水を撒くような話になってしまい効果は得られません。加えてマス広告はお客さまに対して一方的に情報を送りつけるメディアですが、Webサイトはお客さま自身が何かしらの目的意識を持って、情報を取りに来ていただくメディアです。そのWebサイト上で日立を知っていただくと共に、お客さまのご満足や信頼を頂戴することが出来れば、ブランドイメージの向上のみならず、リアルビジネスにも確実に繋がって参ります。

 もちろん、Webサイトの対象となる国や地域に、日立グループのリアルビジネスが展開されていることが大前提になりますが、要するに、より低コストでブランドイメージを高めると共に、Webによるビジネス基盤を整備、確立することを目的に取り組んできたということです。

岩城:なるほど、ブランディングを大きな目標にしたわけですね。その場合にグローバルコミュニケーションは費用も手間も掛かりますから、インターネットの活用は最適なソリューションというわけですね。

 それでは、そのような目的を実現するためにグローバルサイト構築にあたって、どのような方針をたてましたか。

高橋:はい。まず日立ブランドイメージの向上という目的の達成のためには、日立のコーポレートステートメントであるInspire the Nex’tをはじめ、統一した一貫性のある企業メッセージをOne Voiceで伝えていく必要がありました。お客さまは繰り返し、繰り返し同じものを目にすることで、じわりじわりと染み渡るようにブランドイメージが醸成されていきます。その時々や場所(国や地域)によって、黒だったり白だったり赤だったり、右だったり左だったりしては効果は得られにくいんです。そこでデザイン等のガイドラインを策定しました。同時に、それを浸透、徹底させるためにWebガバナンス、マネジメント体制を構築しました。最後にそれを実装する対象となるサイトヒエラルキーの再構築です。

岩城:まず、「デザイン等のガイドライン策定」を行い、それを浸透、徹底させるための「Webガバナンス、マネジメント体制の構築」を行い、最後にそれを実装する対象となる「サイトヒエラルキーの再構築」の3つのことを実現したわけですね。まず、「デザイン等のガイドライン策定」とはどのようなことをされたのですか。

高橋:2002年当時、日立グループ全体に渡ってインターネットWebサイトを統括する組織は存在しませんでした。まさに統合的なWebマネジメントが欠如していると言わざるを得ない状況でした。当時のWebサイトは各事業グループや日立グループ各社が個別最適でWebサイトを構築していましたので、例えば同じ日立製作所ですら、事業グループ毎に別会社のような印象となっておりましたし、各サイトにはユーザビリティやアクセシビリティという概念もほとんど実装されていませんでした。

 弊社のWebサイトをご訪問いただいたお客さまには、どんなに捜しても欲しい情報になかなかたどり着くことが出来ないというご迷惑をお掛けしていたことと思います。Webサイトの閲覧とは言え、お客さまにとっては一つの「日立ブランド体験」ですので、そこで失望感を感じさせてしまうことは重大な問題です。

 そこで、日立の約束であるコーポレートステートメント「Inspire the Nex’t」(日立は次なる時代に息吹を与え続けます。日立は次なる時代をいきいきとした社会にします。)を感得していただくことを目的としたデザインガイドラインを策定しました。デザインガイドライン策定の過程ではユーザビリティテスティングを繰り返し、それを反映させると共にアクセシビリティを導入することで、使い勝手の良いアクセシブルなWebサイトとなるようなデザインガイドラインを策定しました。

岩城:それでは、「Webガバナンス、マネジメント体制の構築」について教えてください。このあたりが重要な要素を占めるような気がします。

高橋:そうですね。2002年当時の統合的なWebマネジメントの欠如による無秩序な状況から脱却するためには、日立グループを網羅するWebガバナンス、Webマネジメント体制を構築する必要がありました。具体的には各事業グループや日立グループ各社に対して、「インターネットWeb責任者」を任命していただきました。

 その下位レイヤに実際の個々のインターネットWebサイトを構築、運営、管理をする「Webサイト管理者」さらには「Webサイト担当者」という具合にガバナンス体制を構築したのです。これによって、Web戦略を組織立てて遂行するための体制を構築することが出来ました。

岩城:そして、最後が「サイトヒエラルキーの再構築」ですが、具体的にはどのような事になるんでしょう。

高橋:2002年当時、「www.hitachi.com」ドメインは米国現地法人である日立アメリカ社が所有する独立したWebサイトだったのですが、これを日立製作所に移管した上で、日立グループのグローバルゲートウェイサイトとして再構築を行い、サイトヒエラルキー上の頂点のサイトと位置付けました。その後、その下位レイヤに地域ゲートウェイサイトを構築していきました。

 具体的には北米ゲートウェイ、欧州ゲートウェイ、アジアゲートウェイ・・・という形です。さらにその下位レイヤに各国(一部地域を含む)ポータルサイトを構築していったのです。例えばカナダポータル、ドイツポータル、タイポータル・・・という形です。そして、それぞれのゲートウェイサイトやポータルサイトの下位レイヤにグループ各社のコーポレートサイトや製品サイトを配していったということになります。

岩城:なるほど、充実したルールですね。その方針を海外各社に徹底する必要があったと推測しますが、それはどのような方法で実現しましたか。実は、私も企業に勤めていた時代に海外子会社のサイトのイメージ統一に苦労したことがあります。

 つまり、本社の意思の徹底と現地法人の意欲の尊重という、「統制と放任」という相反する状況を両立させる必要があったからです。いわばグローバリズムとナショナリズムの対立ですね。(笑)そのあたりは日立ではどのようにコントロールしていますか。

高橋:まったくおっしゃる通りです。岩城さんも同じご苦労をされてきたのですね(笑)地域ゲートウェイサイトや各国ポータルサイトは各地域ごとの直轄現地子会社に委託し、管理を任せています。海外を含め個別事業(製品)サイトに関しては、日立グループでは、先ほども申しあげたWebガバナンス、マネジメント体制を構築しておりますので、現地法人から見た親会社がマネジメント、コントロールしています。いずれのサイトも著しいガイドラインの逸脱や解釈の誤りが判明した場合のみ、適宜是正を促すような動きをしています。

岩城:ルールをつくっても、人が相手ですから、ただ通達するだけではスムースに進まないような気もしますが、そのあたりへの配慮はされているんですか。

高橋:はい。先ほど申しあげましたWebガバナンス、マネジメント体制の構築と、それを活用した周知だけでは不十分で、もう一つ重要な要素が対話です。通達一枚だけでは物事は思うように動きませんから、やはりメリットを理解してもらうためのFace to Faceでの対話が重要なファクターでした。

 メリットも机上で描いた仮説だけでは説得力に乏しいので、日立グループ内の成功事例を集めて紹介したり、実際に検証作業や効果測定を繰り返して、出来る限り数値化した上で説明、説得にあたりました。対話の場は、今でも地域毎に定期的に続けています。

 それが功を奏したのか最近は日立グループ会社からの問い合わせや相談、さらには各種ガイドラインやコンテンツに対しても「もっとこうしたら良いのではないか?」というような提案も多く寄せられるようになり、日立グループ内でのWebサイトへのマインドは高くなってきていると心強く感じると共に、大きな手応えを感じています。

岩城:なるほど、「ルール」と「対話」を組み合せて、とてもうまくコントロールされているということですね。でも、そこに至るまでにはいろいろな試行錯誤があったと推測しますが、これからグローバル展開を考えている企業の皆さまの参考として差し支えない範囲でお話願えますか。

高橋:弊社のやり方が最適かどうかは微妙ですが(笑)。といいますのは、理想を言えば、例えばCMS(※)等の導入もしかりですが、すべてのWebサイトやコンテンツを一極集中で管理するほうが品質面でもコスト面でも、確実にメリットがあると思っています。この様な完全中央集権型のWebマネジメントは短期的な視点では効果的で魅力的ではありますが、現地法人側のノウハウや技術の空洞化、主体性の低下という面では負の側面も持っていますので、悩ましいところです。

 日立グループは海外連結子会社だけで500社弱ありますので、Webガバナンス、マネジメント体制の構築と確立のプロセスを経て、現在は中央集権と地方分権の混在型のスタンスを取っています。

 中央集権型にせよ、混在型にせよ、やはり事業規模や範囲、資本関係や人事交流を含めた現地法人との関係の度合いもありますし、国や地域毎の法や規則、慣例もある。そういったものを、良く理解して取り組まないとなかなか思うように進まないものです。とは言っても同じ企業グループに働く仲間ですし、最後はやはり人と人。対話と信頼関係の醸成が重要だと思っています。

 岩城さんもご経験があると思いますが、特に言葉の壁やメールによるコミュニケーションミスマッチには日々反省、日々勉強です(笑)。もう一つが特に海外の場合、TOPダウンが重要です。弊社の場合、Webガバナンス、マネジメント体制の構築と確立によって解決しています。

 (※)CMS:Contents Management System

岩城:なるほど、これからグローバルサイトの展開を考えていらっしゃる方々には参考になったと思います。日立はIT企業ですから、グローバルサイトの維持・運営に関して独自のツールなどを使われているのではないかと推測しますが、差し支えない範囲で教えていただけますか。

高橋:はい。日立グループではデザインガイドラインばかりでなく、アクセシビリティガイドラインやhtml規定等も定めておりますので、それを読み解いてWebサイトに実装して構築するというのは、海外現地法人にとっては、かなり敷居の高い話になります。そこで日立グループでは、多言語に対応した日立のデザインガイドライン等を半自動的に実装できるWebサイトの構築・運営ツールを開発しグローバルに展開しています。

岩城:やはりいろいろなツールをお使いですね。

高橋:悩みは、今は良くてもほんの数年先はそれが最適なツールであるかどうかが見えないことです。特にインターネットの世界は長期的な展望を描きにくいというのが悩みです。なので、できる限り軽いものを用意するように心掛けています。

岩城:企業サイトが飽和状態になって、全体のアクセスが減少しているというデータもありますが日立のサイト、特にグローバルサイトの状況はいかがですか。

高橋:そうですね。アクセス数という指標では、一時期、伸び悩んでいた時期もありますが、海外でのWeb広告キャンペーンや国・地域ポータルサイトの拡充などの諸施策が奏功し、この1年は大幅にアクセス数が増大しています。本当は訪問者数とかページビュー数ではなく、どれだけビジネスに貢献したかが数値として取得できると良いのですが、これは皆さんも同じ悩みをお持ちでしょうね(笑)

岩城:ところで、現地法人のサイトのログ分析などは現地にお任せになっているんですか。また、それらの海外のログ分析などを通じて、本社で日立の世界に向けたマーケティング戦略立案の参考にする、というようなことも行われていますか。

高橋:はい。日立グループでは、日本を含め世界5拠点にデータセンタを設置してWebサーバを運用しています。どの拠点でも同じログ解析ツールを導入することで同じ土俵で解析を行える様にしています。ログ解析は現地で行い、サマリーが毎月本社にレポートされる仕組みになっています。

 経営幹部や各事業グループ、日立グループ各社に対して、情報の開示を行っていますが、私たちは海外のWeb戦略や諸施策の立案や実行計画におけるバックデータとして活用しています。

岩城:そうですか、それはとても興味深いですね。企業のグローバルサイトから得られる情報が本社の意思決定に使われるようになるとは、まさにグローバルメディアの本領発揮といえると思います。

高橋:そうですね。お客さまがどの検索キーワードでご訪問されたのかというキーワードの分析も重要です。国や地域別のインターネット人口や母国語別インターネット人口などによって、対応言語や文字コードのあり方なども考慮しなければならないので、海外サイトに関しては今後、より一層注力して取り組まなくてはならないと考えています。

岩城:ログなどの分析を通じて、お客さまの動向を知ることは重要だと思いますが、さらにもう一歩進めてインターネットの双方向性を活かし、各地のユーザーの声を集めるようなことはしていますか。

高橋:はい、企業のWebサイトは一方通行の情報発信ばかりではなく、双方向のコミュニケーションツールと言えます。例えば、お客さまの興味、関心はお問い合わせという形で企業側に届きますので、しっかりと受け止める必要があると同時に、お客さまの声は貴重な情報資源でもあります。個人情報の保護にも十分配慮が必要です。そこで弊社では、日立グループ、グローバルで活用出来る「問い合わせ管理システム」の開発と導入に取り組んでいます。まだ展開は道半ばですが、Webサイトの運営には欠かせないツールとなってきています。

岩城:それは、凄い試みですね!企業がグローバル化することによって、ローカル価値がグローバル価値へと変化し、それにインターネットが貢献することができることは素晴らしいことだと思います。

 今後も日立のグローバルサイトが多く発展し、企業の進化に貢献していくことと思います。

 高橋さんありがとうございました。

高橋:当たり前のような話ばかりで恐縮です。何か一つでもこの記事をご覧になった方の参考になればいいのですが(笑)

 企業Webサイトの運営やWeb戦略の立案、実行に関する仕事というのは本当に大変ですが、大いにやりがいも感じています。

 岩城さん、本日はどうもありがとうございました。

高橋 幸喜(たかはし こうき)
(株)日立製作所 ブランド戦略室

1987年株式会社日立製作所入社。現日立事業所の社内情報管理部門にて各種情報化やBPRを担当後、2004年よりブランド戦略室にてWeb戦略を担当。日立グループインターネットWebサーバ集約プロジェクトをはじめグループ全体のWeb戦略、諸施策の企画立案から実行まで幅広く手掛ける。
日立グループ グローバルゲートウェイサイト http://www.hitachi.com/
日立グループ 日本ゲートウェイサイト http://www.hitachi.co.jp/