写真●島津製作所グループのネットワークを運用する島津ビジネスシステムズの上坂至社長(写真中央),浴田豊治インフラグループ課長(同右),日下正弘インフラグループリーダー(同左)
写真●島津製作所グループのネットワークを運用する島津ビジネスシステムズの上坂至社長(写真中央),浴田豊治インフラグループ課長(同右),日下正弘インフラグループリーダー(同左)

 5月15日の午後6時45分ころ,NTT東日本の「フレッツ網」を構成するルーターが次々にダウンした。同網を使うFTTHサービス「Bフレッツ」や,IP電話サービス「ひかり電話」などが,東日本の大半の地域で利用できなくなった。

 同じころ,島津製作所グループのネットワークを運用する島津ビジネスシステムズの日下正弘インフラグループリーダーは,社内ネットワークの監視用モニターを食い入るように見つめていた。「東日本地域の拠点から障害を告げる警告が次々と上がってきた。当初は原因が分からずに戸惑った」(日下リーダー)。

 しかし日下リーダーは,すぐに冷静さを取り戻した。というのも島津製作所は,フレッツをアクセス回線として利用する全拠点に,イーサネット専用線もしくはISDNをバックアップに用意しておいたからだ。フレッツ経由の通信が停止してから約3分後,全拠点がバックアップに切り替わった(図1)。これを確認した日下リーダーは,ほっと一息をついた。

図1●島津製作所は5月のフレッツ網の大規模障害時にもネットワーク運用を続けられた
図1●島津製作所は5月のフレッツ網の大規模障害時にもネットワーク運用を続けられた
フレッツ網の信頼性に対する不安を補うため,あらゆる拠点にバックアップ用の経路を用意。障害時に自動的に経路が切り替わるように設定していたことが功を奏した。

フレッツを使う通信が質・量とも増加

 フレッツ網は,NTT東西地域会社がそれぞれ構築・運用するベストエフォート型のIPネットワークである。Bフレッツなどのブロードバンド・サービスや,「フレッツ・オフィス」などのエントリーVPNのサービス網として使われている(第2回の記事を参照)。

 フレッツ網を使って展開されるサービスは,コスト・パフォーマンスの高さを誇る。Bフレッツはエコノミー専用線ほぼ同じ通信料金ながら,その数十倍の帯域を利用できる。通信コスト削減を目指すユーザー企業が,中小規模拠点を主体に積極的に利用している。

 しかし,フレッツには泣き所もある。ベストエフォート型サービスであることなどから,ほかの通信サービスに比べて信頼性が劣る点だ。5月に起こった東日本地域の大規模障害は,図らずも信頼性の不安を象徴する結果となった。

 一方,ユーザー企業の多くはフレッツに流すトラフィックを質・量とも増やしている。ひとたび障害が発生すれば,社内のすべての業務が止まりかねない企業もある。5月の大規模障害が全面的に復旧するまでに約8時間を要した。幸いにも夜間の障害だったが,昼間なら多くのユーザー企業の業務が停止したはずだ。

 実際,会計事務所向けに業務アプリケーションとフレッツ回線を組み合わせたASPサービスを提供するTKCには,会計士からの意見が押し寄せたという。「電子申請の締め切りの日である5月31日に障害が起こっていたら大変だった。すぐに対策を考えてほしいとのお叱りを多くいただいた」(TKCの金森直樹社長室課長)。ユーザーも危機感を募らせている。

アクセスを2重化し止まらないネットワークに

 むろん,NTT東西にはフレッツの信頼性を高める努力が求められる。しかしベストエフォート型の割安サービスである以上,専用線と同等品質を求めるのは無理がある。ユーザーの手でフレッツの信頼性を補うことを検討すべきだ。

 信頼性を補うために最も有力な手段は,もう1本の回線を組み合わせて使うこと。フレッツに問題が発生しても,もう一方の回線に通信を切り替えて通信を継続することで,「止まらないネットワーク」にするわけだ。

 では,もう1本の回線の候補を考えてみよう。フレッツ並みの性能と料金のサービスとなると選択肢は限られる。ソフトバンクテレコムの「ブロードバンドイーサアクセス クリスタル」やUSENグループであるUCOMの「BROAD-GATE 02」などのFTTHと,アッカ・ネットワークスの企業向けADSLくらいしかない。しかもこれらは,提供地域とアクセス回線として利用できる中継系のVPNサービスの種類が限られる。

 そこで視点を変えてみる。“フレッツ並み”の帯域や料金にこだわらなければ,選択肢は意外と豊富にある。

 例えば,「基幹系システムとメールだけは障害時にも利用できるようにしたい」というポリシーの企業であれば,島津製作所のように低速の専用線を組み合わせる手がある。平常時はフレッツの高速性を生かし,非常事態には専用線の信頼性に頼るわけだ。2回線を使いながら,イーサネット専用線の広帯域品目を1回線使うよりも安く済む。

 フレッツ以外のブロードバンドとの組み合わせも効果的だ。「信頼性に不安のあるサービス同士でも,2回線とも停止することは滅多にない」(大塚商会の玉井秀樹企業通信システム営業部販売1課長)。バックアップ専用ならモバイルも選択肢になる(第5回の別掲記事を参照)。

2重化によるコストや運用負荷の増大は防げる

 末端の拠点までフレッツ以外の回線を追加することに,気乗りしない企業があるかもしれない。通信料金が増えることと,ルーターの経路設定が複雑化し,運用負荷が上がるという二つの課題が浮上するからだ。しかし,どちらの課題も克服できる余地はある。

 まず,通信コストの課題である。確かに単純に回線を増やせば相応にコストが上昇する。それでも,社内ネットワーク全体を見て構成を工夫すれば,大幅なコスト増を抑えられる。

 例えば,信頼性の高い専用線系のアクセス回線を使う主要拠点の構成を見直すことが考えられる。島津製作所のように専用線の帯域を絞り,重要度の高いトラフィックだけを通信する形態に改める。一方,重要度が低いトラフィックの通信用には,フレッツ回線を新しく引く。このように2本の回線を同時に使えば,必要な帯域を確保しつつ通信コストを浮かせられる。浮いたコストをフレッツを利用している小規模拠点の2重化に振り向けるわけだ。

 編集部では,この考えを主要2拠点が10Mビット/秒のイーサネット専用線を足回りにした広域イーサネット,10カ所の小規模拠点がBフレッツを足回りにしたエントリーVPNを利用する社内ネットワークに適用したとして,通信コストを試算した。このケースでは,全拠点を2重化しても,変更する前のネットワークよりも通信コストが若干割安になった(図2)。

図2●フレッツと他の回線を組み合わせれば通信コストを大幅に増やさずにアクセスを2重化できる
図2●フレッツと他の回線を組み合わせれば通信コストを大幅に増やさずにアクセスを2重化できる
主要拠点がフレッツを併用することで,帯域を確保しながらコスト・パフォーマンスを高められる。浮いたコストで小規模拠点にブロードバンドを1本追加して信頼性を高める。
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 もう一つの懸案事項である運用負荷も,極力増やさずに済む手法がいくつかある。

 最も簡単な解決策は,通信事業者やインテグレータにフレッツともう1本の回線を使うWANの運用を任せること。また,企業が自前でフレッツともう1本の回線を運用する場合も,ルーターの設定を工夫すれば,負荷の上昇を抑えられる。フレッツを単独で利用するのとさほど変わらない感覚で,2回線を使いこなせるはずだ。

 以下では,フレッツ網の役割を再確認した後,フレッツともう1本の回線を効果的に使いこなす設計手法を詳しく見ていく。