■商談や開発の打ち合わせで重要になるのがヒアリング。上手なヒアリングのためには、質問力を高めなければいけません。質問力を高めるための具体的な方法論を紹介します。永らくお読みいただいた連載も今回で最終回となります。今回は前回の続きです。

(吉岡 英幸=ナレッジサイン代表取締役)


 前回、求人広告の売れない営業マンの私が、鬼上司のもと、毎朝スパルタ営業ミーティングでヒアリング力についてボロクソ言われ、ついには営業カバンを空っぽにされて、営業に行かされるまでをお話しした。今回は、空っぽの営業カバンを手にしたその後の私だ。

地方の社長物語を聞いてまわる日々

 空っぽの営業カバンを持って、もはや売ることの重圧から開放された私は、完全に開き直った。

そして私のやったことは、地方紙の経済欄に登場する地元企業のニュースを見て、そこに取り上げられた会社の社長に片っ端から電話をすることだった。それまでも上司から「新聞に出た会社は採用ニーズがあるからアタックしろ!」と言われていたが、あまり真剣にはやっていなかった。

 しかし、今や売れるかどうかはどうでもよくなっていた私は、地元の社長の話でもとにかく聞きに行って時間をつぶそう、という感覚だった。

 新聞に登場した社長のアポはおもしろいように簡単に取れた。このコラムでも以前にお話したが、メディアに出ることは、人間が共通に持つ「デビュー感」という高揚感を与えるので、何事にも寛大になれるのだ。それが、「すいません、採用のお手伝いをしているのですが、ちなみに社長新聞に出ていましたよね。その記事について詳しくお聞かせください」という怪しい電話であってもだ。

 そうやってアポをとれた社長のもとに訪問した私は、人の採用については一切聞かない。とりあえず、新聞記事になった新商品開発とか、新工場建設の話などを聞くのだ。

 そういう話題でこちらがちょっと水を向けると、社長は喜んで語ってくれる。そして話は自分の生い立ちから、創業の話、経営の苦労話などと広がっていく。はじめは、そんな話退屈だと思っていたが、聞いてみるとけっこうおもしろい。地方の創業社長の人生はかなりドラマチックだ。

 やがて、いつしかそのドラマチックな社長物語を聞くことが楽しみになってくる。アポ取りにも熱が入るし、訪問時の私のツッコミも巧みになる。しかし、質問力なんてとんでもない。なんのテクニックもない。ただ、好奇心の命ずるまま、素朴な疑問を率直に聞くずぶとさが身についただけだ。

「社長どうやってそんな技術磨いたんですか?」
「どうして今の会社を創業したんですか?」
「そもそも何がおもしろいんですか?」

課題把握ではなく、ビジョンの共有

 質問力もクソもない、若造のそんな失礼な質問に、社長たちは皆熱心に答えてくれた。売るために聞き出そうと聞き方をあれこれひねっていたときには、まったく引き出せなかったようなことが簡単に引き出せるのだ。

 経営の話というのはつきつめれば、最後は必ず人材の話になる。図らずも話は人材論に展開する。そして、いつも最終的には「いい人材を採りたい」という話になった。

 そういうとき、それまでであれば、営業トークで「こうすればいい」という解決策の提案をするところだが、そのときの私のスタンスは違っていた。なにしろ、じっくり社長の創業物語を聞いたあとだ。いつしか自分も当事者目線になっていて、「こうすべき」ではなく、「こうしたい」という思いを語っていた。

 そうすると、社長はひと言「わかった。じゃ、君の言う通りにするから採用手伝ってくれ」と言って、細かい商品内容は見ずに仕事を発注してくれた。

 これはマグレに違いない、と思ったが、その後ことごとくそのパターンで受注を上げ、いつしか支社でもっとも売れる営業マンになっていた。

 売り込むことでも提案することでもなく、ヒアリングすることで売れた。実はそれこそがソリューションであった。私がヒアリングによって実践していたのは「ビジョンを共有する」ということであった。

 人は、自分とビジョンを共有する人間の言うことには素直に耳を傾ける。提案において重要なのは、課題を知るとかそういうことではなく、ビジョンを共有することなのだとそのとき初めて知った。

 そして、そのためには、相手に純粋に好奇心を持つこと。好奇心を持っていろんな情報を知りたいと思うことで、自然と相手の口が開き、当事者として理解できるようになっていくのだ。

 ようやく私は、上司の「オマエのはヒアリングではない」という言葉の意味がわかった。人は純粋な好奇心を持つ相手には、驚くほどオープンに話をしてくれる。それは今も変わらない。あらゆる質問テクニックがあるが、究極の質問力は純粋な好奇心なのである。

 この連載を通じて、コミュニケーションというものをお話ししてきましたが、原点は相手に興味・関心を持つことだと思います。純粋な興味・関心が目的になれば、それが商談であれ、トラブル対応であれ、うまくいくのだと信じています。長い間、ご愛読ありがとうございました。


著者プロフィール
1986年、神戸大学経営学部卒業。株式会社リクルートを経て2003年ナレッジサイン設立。プロの仕切り屋(ファシリテーター)として、議論をしながらナレッジを共有する独自の手法、ナレッジワークショップを開発。IT業界を中心に、この手法を活用した販促セミナーの企画・運営やコミュニケーションスキルの研修などを提供している。著書に「会議でヒーローになれる人、バカに見られる人」(技術評論社刊)、「人見知りは案外うまくいく」(技術評論社刊)。ITコーディネータ。