プロジェクトマネジメントの重要性は言うまでもないが、知識体系だけでは不十分だ。本連載では、国内外の官公庁や金融関連企業の大規模システム開発に携わった経験を持つ筆者が、プロジェクト関係者に伝えたい思いを、1日1句の形で紹介していく。今回のテーマは、システム構築ビジネスの特徴である“あいまい性”である。仕様が定まりにくく、規模が膨張するソフトの難しさに、プロジェクトは常に悩まされている。

1日目●あいまいな要件定義が不満生む

 日本情報システム・ユーザー協会(JUAS)の「企業IT動向調査2006」によると、システム開発をITベンダーに発注しているユーザーの中で、ITベンダーに満足している割合はわずかに25%という実態が報告されている。

 日本という自由経済の国で、自分で選んだITベンダーに不満を感じているユーザーが、かくも多いのは困ったことである。一方で、要件をきちんと定義したRFP(提案依頼書)を自分で書いているユーザーは、これまたわずかに23%しかないという。ほとんどのユーザーは、要件定義が不明確なまま発注し、契約してしまっているわけだ。

 契約後に、仕様が具体的に固まっていく過程で要求がどんどん膨むと、ITベンダーにすれば、赤字にならないよう仕様追加を断ったり、値上げを要求したりせざるを得なくなる。結果、ITベンダーに対するユーザーの不満は高まるばかり、ということになる。



2日目●馬鹿の壁ユーザーとベンダー引き離す

 養老孟司氏のベストセラー『バカの壁』を読んでいて気付いたのが、漢字の「馬鹿の壁」である。ここでいう「馬鹿の壁」とは、ユーザーとITベンダーを隔てる、あいまい性のことだ。

 システム構築ビジネスは、要件定義がとかくあいまいなままスタートすることがほとんどで、ユーザーとITベンダーの間には仕様に関する大きな認識差が厳然として存在する。

 例えば、ユーザーはITベンダーに、なんとなく「馬」のようなものの開発を依頼しようとして、「草食哺乳動物」を作れというRFPを書き、ITベンダーに提示する。一方のITベンダーは、「草食哺乳動物」という定義を見て、何となく「鹿」を想像して見積もりをする。お互いに似て非なるRFPの受け取り方をしたまま、契約を結んでしまう。そして具体的に仕様の詳細を詰める過程になると、ユーザーとITベンダーの間にあった認識の差が顕在化し、ユーザーはITベンダーに不満を抱くようになるし、ITベンダーは赤字が拡大し不幸なことになることが多い。

 「馬鹿の壁」は、「ユーザーの不満」と「ITベンダーの不幸」の両方の生みの親になってしまうわけである。



3日目●ユーザーの中にもやはり壁があり

 ITベンダーから見たユーザーとは、対象企業のIT部門であることがほとんどである。ユーザー企業のIT部門の人たちは、業務部門から転属してきた人もいれば、入社以来ITのプロとして実力をつけてきた人もいる。それだけに、ITベンダーとユーザーの間にある「馬鹿の壁」と同様に、ユーザーのIT部門と業務部門の間にも、なんらかの「壁」があることは避けられない事実である。

 ユーザーにおけるIT部門と業務部門の認識の差、常識の差が、ITベンダーに出すRFPにあいまい性を生む1つの要因である。情報システムの仕様が具体化するにつれ、「そんなことは言ってない」とか「それでは困る」というような意見が続発し、多くの仕様変更や仕様の膨張につながってくる。



4日目●金だけが勝手に競争あいまいビジネス

 一般にユーザーは複数のITベンダーに見積もり提案を要求し、その提案を比較して一番有利と思う相手に注文を出す。この際、ITベンダーが受け取るRFPは、あいまいな内容であることが少なくない。

 ITベンダーは、それぞれの立場・経験から、あいまいな仕様を適当に解釈し、各社各様の提案と見積もりを提出することになる。もし競争相手が大幅に安い価格で提案してくると、あいまいな仕様はそのままに、競争相手と同じかそれ以下にまで提案価格を下げなければならない。

 競争相手が存在する以上、完全・完ぺきな契約にだけこだわっていては単に失注するだけなので、あいまいな条件のまま競争せざるを得ない。

 システム構築ビジネスではまさに、金だけが勝手に競争し、あいまい性を生んでしまうのである。