ネットワーク経由でアプリケーション・ソフトをサービスとして利用する、2年ほど前にはほとんど聞き覚えのなかったSaaSという言葉が、ほぼ毎日のように何らかのニュースになっている。インターネットが企業や生活に深く浸透する中で、SaaSを手掛けたり利用したりする企業が増えるのは当然のことかもしれない。

 だが最近は、SaaSにも暗黒面とでもいうべきものが、あるのではないかと感じるようになった。データを外部のSaaS事業者の施設に預けてセキュリティが確保できるのか、といった仕組みの問題ではない。もっと別のものだ。SaaSに興味のある方にこの感覚を伝えたいと思ったのが今回の原稿のきっかけである。

 暗黒面とは少し変な言葉だが、映画「スターウォーズ」のファンならご存じだろう。主人公であるルーク・スカイウォーカーなど正義の騎士が使う正しいフォースではなく、ダース・ベイダーをはじめとした悪の帝国の騎士が用いるのが暗黒面のフォースである。フォースとSaaSで語呂も近いので使ってみたが、ある種の負の側面と言い換えてもいいだろう。SaaSであれば何もかもバラ色になるわけではないのだ。

SaaSを手掛ければネット企業になる

 記者が最初にSaaSの暗黒面とでもいうべき何かを感じたのは、あるソフト会社幹部との会話である。その会社のM&Aが噂されていることについての話題になったとき、その幹部は以下のようなことを話した。

 「ソフト会社として評価すればM&Aに必要な金額は××億円程度かもしれません。でもソフトをSaaSで提供するようになれば、ソフト会社ではなくてネット企業ということになります。PER(株価収益率)が数百倍程度になってもおかしくないでしょう。M&Aの金額もいくらが妥当だとは言いづらいのではないですか」。

 株価対策のためのSaaSがあり得るというのだ。確かに、ソフト会社の株式時価総額はPERで数十倍程度というのが一般的だ。これに対して少し前まで、Web2.0に代表されるネット企業の場合には、PERが数百倍を超えることがあった。株式時価総額の増大だけを考えれば、この幹部の指摘は間違っているとは言えない。

 だがこういった株価先行の思惑でSaaSを手掛けて、果たして利用者が満足するサービスを提供することができるのだろうか。単体のビジネスとして成立するのだろうか。記者には疑問が残った。

 現在、この会社はSaaSにまだ参入していない。その後しばらくして相当な高額でのM&Aが決まったことも影響しているのだろうか。ことの詳細はともかく、SaaSについて触れていたときの、何ともいえない幹部の表情が強く記憶に残っている。

ASP事業関連で巨額の損失

 別の機会にも、SaaSの暗黒面について感じた。8月29日に開催されたシステム・インテグレータのニイウス コーの決算説明会でのことだ。

 同社は2007年6月期の決算で、連結売上高603億9000万円に対して約302億円の純損失を計上。約40億円の債務超過に陥った。約200億円の第三者割当増資の実施によって、債務超過の状態は解消できることになったものの、責任を取って当時の5人の取締役全員が退任することになった。

 純損失の大きな要因の1つとなったのがASP(アプリケーション・サービス・プロバイダ)事業関連の特別損失なのである。SaaSとASPの間にはいくつかの違いはあるものの、ネットワーク経由でソフトを利用する面で差はない。

 医療事業関連のASP事業からの撤退に伴って、ソフトで54億1800万円の損失を計上している。また金融事業関連のASPサービス用資産の減損損失も26億9900万円に上る。297億円に達する特別損失全体の内訳は、医療事業関連で223億円強、金融事業関連で46億円弱、事業再編に伴うもので23億円超。データセンターの閉鎖などによる損失で関連する部分があれば、ASP事業に関係する損失はさらに大きくなる可能性がある。

 しかも医療関連のASP事業は2006年以降に実際のサービスを開始したもの。それが2年も経たずに「求められるシステムの高度な機能を提供するコストと顧客の予算のかい離が平成19年になって急速に大きくなり、低予算で高度なサービスを継続することが困難になると判断」(平成19年6月期決算短信)して撤退することになった。

 記者はニイウス コーの内情にはそれほど詳しくない。どれだけの成算があって同社が医療関連のASP事業を開始すると決断したのかについての詳細は知らないが、少なくとも「見込みが甘かった」との批判は免れないだろう。決算説明会の内容と関連資料から判断する限りでは、当時の経営陣がこれだけ大規模の投資に踏み切った根拠は分からない。

 記者はSaaSは、インターネットによって世界がつながる時代のソフトのあり得る姿の1つだと考える。時代に対応すべく、インテグレータがASPやSaaSを手掛けることも選択肢として採用することに疑問はない。その一方で安易に手掛けて成功するビジネスでもないと考える。

 どんな企業であれ、もしSaaSをスタートさせるために巨額な投資を先行させるべきだと判断したのなら、その時点で疑問を感じるべきだろう。SaaSにかかわる何人かの取材先に聞いた言葉だが「SaaSはソフトのデリバリー(配信)手段であってそれ自体が市場なのではない」。既存のソフトをSaaSやASPのやり方に変えたからといって、新たな市場が生まれるわけではないのだ。

 スターウォーズでは、一時の感情を抑えることができずフォースの暗黒面に落ちた若い騎士は結局、大きな力を得ながら自らの望む結果を得ることができなかった。最終的にこの騎士が救われたのはその人生が終わる時である。

 映画に例えるのは乱暴かもしれないが、あえて書くことにする。企業よ、SaaSの暗黒面を感じなければならない時が来ているのではないか、と。SaaSは安易に手掛けるものでも利用するものでもない。