◆今回の注目NEWS◆

◎東京都、複式簿記・発生主義会計の財務諸表を公表(日経BPガバメントテクノロジー、2007/09/18)http://itpro.nikkeibp.co.jp/article/NEWS/20070918/282167/

【ニュースの概要】東京都は9月14日、昨年4月に導入した複式簿記・発生主義会計の考え方を加えた新たな公会計制度に基づく財務諸表を公表した。都では「複式簿記・発生主義による本格的な財務諸表は、日本の行政として初」としている。


◆このNEWSのツボ◆

 東京都が複式簿記・発生主義会計の考え方を加えた新たな公会計制度に基づく財務諸表を公表した。原データの発生時点から、本格的な簿記の考え方に立って、仕訳を行い、財務諸表の作成にまでつなげた試みとしては、全国初であり、評価されるべきものであろう。

 ただ、従来から総務省が、全国の自治体のバランスシート等の作成状況を公表しており、「東京都が初めて」というニュースには「?」と思われた方もいるのではないだろうか? そのうえ、今回の東京都の新公会計は、昨年8月に公表された総務省の「総務省方式改訂モデル」「基準モデル」という二つの方式とも異なるという。ますます困惑……というところである。

 実は、従来から公表されていたバランスシートや行政コスト計算書、今回の東京都の新公会計、そして、「総務省方式改訂モデル」「基準モデル」には微妙な差違がある。それは、誤解を恐れずに単純に言えば、

  • 従来公表されていたバランスシートや行政コスト計算書は、通常の手順で作成される決算書類をもとに、複式簿記の形に組み替えたものであり、コストの発生の時点から、それを適切な会計科目に振り分けていくという、厳密な意味での「複式簿記・発生主義」になっていない。決算書類の科目を便宜的に振り分けて、複式簿記の形に整理しただけであり、その科目の振替などには厳密性を欠く。このため、新たに税務4表を作成すべし……という総務省の方針が出るに至った。

  • 東京都の方式は、税収を「収入(売上げ)」という概念で整理しているが、残りの二つの方式は、公共団体の税収は、「売上げ」というよりも、住民からの自治体への持分の増減というべきものであるといいう考え方に立っている。

  • 「総務省方式改訂モデル」は、いわば、「簡便方式」とも言うべきものであり、基本的には、従来の決算統計を組み替えて作成していたバランスシートや行政コスト計算書と同じ作り方である。このため、作成は簡単だが、伝票を起こした時点で複式簿記の作成に必要な情報入力を行わないため、支出の増減と資産の増減の関係性を追跡すると言った作業は、完全にはできない。また、決算統計を利用する関係上、速報性も若干劣ると考えられる。

  • 基準方式は、1件の支出や収入があるごとに、複式簿記作成に必要な情報も入力する。予算から決算までが一貫した論理で貫かれることになり、検証性も高いが、起票する際に入力する項目が増えるため、自治体側の負担も大きくなると考えられる。

 すべて、その道の専門家の方が色々議論をした上で考え出した方式であり、ここでどの方式が良いか……といった議論を繰り返すことは避けたい。ただ、従来の決算統計に変えてこうした財務諸表が必要であるという議論が出てきた背景には、地方財政の逼迫度が高まり、財政規律を維持しつつ、どのようなお金が、どのように使われ、結果としてどれだけの資産が形成されたか、あるいは、どれだけ売却可能資産があるのかといった点を明確にしようという状況がもともとはあったはずである。

 そうだとすると、いくつもの方式が併存している状況では、財務状況の公平・客観的な把握というのは難しくなってしまう。総務省も、こうした問題は認識しており、大都市や都道府県では、できるだけ正確な「基準モデル」で、財政規模の小さい市町村では、当面は「総務省方式改訂モデル」でもやむなし……ということで進めつつ将来的には統一したい考えのようであるが、できるだけ早い時期に、統一された方式で正確な財務諸表の作成が行われることが望ましいのは言うまでもないだろう。

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安延申(やすのべ・しん)

通商産業省(現 経済産業省)に勤務後、コンサルティング会社ヤス・クリエイトを興す。現在はフューチャーアーキテクト社長/COO、スタンフォード日本センター理事など、政策支援から経営やIT戦略のコンサルティングまで幅広い領域で活動する。