ドイツの携帯電話市場では,格安料金のサービスが市場を席巻している。前回は,トップシェアのドイツテレコムまで格安市場に本格的に参入したことを紹介した。ドイツテレコムの参入以前から,シェア下位の携帯電話事業者やMVNOは格安市場で苛烈な競争を繰り広げている。多くはさらなる低料金をアピールする方向に競争していたが,企業体力が持たずに市場から脱落するMVNOも出てきており,最近は料金プラン以外の面にも工夫を凝らした事業者が登場している。今回は,販売手法にオークションと似たやり方を持ち込んだ独デビテルの「クラッシュ」について紹介する。

(日経コミュニケーション)

 独MVNO(仮想移動体通信事業者)のデビテル(Debitel)は2007年7月,ラストミニット型(注)で販売する格安料金プラン「クラッシュ(Crash)」を導入した。ドイツでは,格安料金プラン提供による大手移動通信事業者も巻き込んだ競争が激しいが,新たなマーケティング手法として注目できる。

(注)ラストミニット(ミニッツ)とは,直訳すれば「最後の1分(数分)」。 制限時間ギリギリという意味がある。航空会社が売れ残りの座席を出発直前まで 安い値段で売りさばく手法が,「ラストミニット型」の一つである。

「早い者勝ち」の落札方式,電話番号と料金プランをセットで提供

 「クラッシュ」は,料金の安さもさることながら,購入方法に最大の特徴がある。クラッシュのWebページにアクセスすると,一覧表とカウントダウンするタイマーが表示される。上段5行には,その時点で加入できる「電話番号」と,それにくくりつけられた「料金プラン」が表示される。

 この五つの選択肢(電話番号+料金プラン)から購入できるのは表示開始後60秒間に限られ,誰かが購入完了した選択肢は表示が薄くなり,購入済となったことを示す。残り時間は秒単位で表示され,残り時間が無くなるとその選択肢は消去される。と同時に,下段5行に薄く表示されていた五つの選択肢が上段に移行。次の60秒間でそれらを購入できるようになる。

 特徴としては,まず「早い者勝ち」方式により消費者の購入意欲をかき立てる効果が望める。また購入可能な電話番号が60秒ごとに五つずつ更新されていくため,消費者には電話番号を数多くの候補から選択できるという利便性がある。これには,電話番号を利用する機会に関して,日本と欧州では環境が異なっているという背景がある。日本では加入者が独自のメール・アドレスを設定してやり取りするメールが主流だが,欧州では電話番号で送受信するSMS(ショート・メッセージ・サービス)が主流だからだ。

料金プランは3種類,音声格安のプランは滅多に提供されない

 さらにクラッシュでは,消費者をひきつける方法として魅力的なプランを極めて限定的にしか提供しないという点がある。クラッシュで提供される料金プランは以下の3種類である(表1)。

表1●クラッシュの料金表
表1●クラッシュの料金表

 最も一般的に表示されるのは「クラッシュ9」である。音声通話が1分当たり9ユーロセント(約14円),SMSが1通当たり17ユーロセント(約27円)である。これよりもSMSが安く音声通話は高い「クラッシュSMS」も,60秒ごとに0~2個程度表示される。音声通話が1分当たり5ユーロセント(約8円)という「クラッシュ5」は極めて希少性が高く滅多に表示されない。しかも表示された際には文字がオレンジ色で強調されている(図1)。

図1●クラッシュの申し込み画面
図1●クラッシュの申し込み画面

 競合する有力格安ブランドの「ジムヨ(SIMYO)」では,音声通話(国内の他社携帯電話・固定電話への発信)は一律1分当たり15ユーロセント(約24円),SMSは1通当たり10ユーロセント(約16円)である。クラッシュのいずれのプランでも音声通話は安くSMSは高いが,とくに「クラッシュ5」の音声通話の安さは目立つ。

 デビテルの今回の試みは,こうした料金プランの魅力をその価格水準によるだけでなく希少性とエンターテインメント性を持たせている点で,極めて珍しいと思われる。ドイツではMVNOが牽引する形で格安プランの提供による事業者間競争が激しいが,加入者獲得の新たな工夫が販売手法にも及んできた例として興味深く,ほかの通信事業者にも参考になるだろう。

※記事は8月末時点の情報に基づく。
岸田 重行(きしだ しげゆき) 情報通信総合研究所 主任研究員
1990年NTT入社。1997年より現職。国内外の携帯電話市場に関して,広く調査研究を行っている。特に非音声系サービスに関してはiモード以前の海外におけるモバイル・データ・サービスの研究に遡る。「情報通信アウトルック2007」(情報通信総合研究所編,共著)等。


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