ドイツでは最近,格安の携帯電話サービスが人気を集めている。基本料無料のサービスや1分当たりの通話料が5ユーロセント(約8円)のサービスなどが登場。ドイツ市場全体の2~3割は,こうした格安サービスに席巻されているという。格安サービスの登場以降,累計シェアが下位の携帯電話事業者が顧客層を絞り込んだマーケティングで純増首位に上り詰めたりと,携帯電話業界全体で“地殻変動”も起こっている。今回から2回にわたりドイツの格安携帯電話サービスの現状を紹介していく。第1回は,最大手事業者のドイツテレコムが第2ブランドを設立して格安市場に殴り込みを掛けた背景をレポートする。

(日経コミュニケーション)

図1●コングスターのロゴ
図1●コングスターのロゴ

 独ドイツテレコムは7月17日,「コングスター」の名称で既存サービスと差別化した新たなブランドを設立した。狙いは,安価な携帯電話およびDSLサービスの提供だ。同ブランドはドイツテレコム・グループが展開する「T-」ブランド(編集部注)に対する第2ブランドという位置付けになっている。両者の区別を明確にするため,ロゴマークには同社サービスを象徴する「T」(ピンクカラー)は冠していない(図1)。また提供主体もドイツテレコムが設立した100%子会社である「Congstar GmbH」によって運営される。

(編集部注)ドイツテレコムはドイツ最大手の通信事業者。国営通信事業者を母体としており、日本のNTTグループに相当する。同社の通信サービスは「T-」で始まるブランドで揃えられている。携帯電話サービスは「T-Mobile」,固定電話やADSLサービスは「T-Com」,インターネット接続サービスは「T-Online」という名称で提供している。

 ドイツテレコムは近年,ディスカウンター(注)からの値下げ圧力にさらされ,携帯電話,固定ブロードバンドともに加入シェアを失ってきた。事業の立て直しの対策として,新ブランドに大きな期待をかけている。低価格とシンプルなメニュー構成などをアピール・ポイントとし,若年層や価格に敏感な消費者層に食い込みたいとの目論見だ。

(注)低料金でサービス提供を行なう携帯電話事業者やMVNO(仮想移動体通信事業者)。シェア3位の携帯電話事業者E-プルスのサブブランドである「ジムヨ」(SIMYO)や「ベース」(BASE)などや,格安MVNOのデビテル(debitel),トークライン(TALKLINE)などが該当する。

 ドイツテレコムのレネ・オーバーマン会長は,記者会見の席で「顧客喪失を食い止め,ディスカウンターに攻勢をかける」と述べている。コングスター幹部によると,2010年までに同ブランドで年間売上10億ユーロ(約1600億円)突破を目標に置いている。なお,ドイツテレコム・グループの2006年度の売上高は613億ユーロ(約9.8兆円)である。

オプション選択の幅と自由度,契約期間に特徴

 コングスターのコンセプトでは,「簡単」,「安価」(リーズナブル),「柔軟性のある」(フレキシブル)がキーワードとして提示されている。基本料金ならびに最低利用料金が無料であったりと,既存のT-Mobileよりも低料金かつシンプルな料金体系に設定されている(表1)。

表1●T-Mobileが昨年10月に導入したポストペイド向け定額制料金プラン「Max」とコングスターの主なサービス内容の対比(1ユーロは9月25日時点で約160円)
表1●T-Mobileが昨年10月に導入したポストペイド向け定額制料金プラン「Max」とコングスターの主なサービス内容の対比(1ユーロは9月25日時点で約160円)

 さらに,ユーザーが自由に選択できる各種の定額オプションが豊富に取り揃えてある。ポストペイド(料金後払い)方式であるにもかかわらず,2週間前までに申告すれば月末に解約が可能な契約条件となっていることも大きな特徴だ。分かりやすいメニュー構成,オプションの幅の広さや組合せが自由にできるところを捉えて,同社では「まるでファストフードのように簡単だ」とうたっている。

 ただし,コングスターをドイツ内でしのぎを削るほかのディスカウント・ブランドと比較した場合,必ずしも安い訳ではない。例えば,携帯電話からドイツ国内の固定電話や携帯電話への通話は,コングスターは一律で1分当たり0.19ユーロ(約30円)だが,E-プルスの格安ブランド「ジムヨ」では一律1分0.15ユーロ(約24円)で通話できる。さらに,SMS料金もジムヨの方がコングスターに比べて約50%安くなっている。

 ドイツテレコムも料金自体は全てが業界最安値ではない点は認めている。他ブランドと遜色ない料金水準において,他社には見られないオプションの多様性や契約枠組みの柔軟性といった特徴を武器に,対象ユーザー層に訴求していく意向であることを表明している。

業界首位が踏み出した携帯キャリアのサブブランド戦略は成功するか?

 特定のターゲット層のニーズに絞って別ブランドを展開する「マルチブランド戦略」は,ドイツ3位の携帯キャリアであるE-プルスが近年積極的に採用し,加入者獲得に成功してきた実績がある(図2)。同社は前記の「ジムヨ」(オンラインでSIMカードのみを提供する格安ブランド),「ay yildiz」(トルコ系顧客をターゲットとしたエスニック・ブランド)といったサブブランド展開に加え,MVNOとも相次いで提携を広げている。その結果,T-Mobileとボーダフォンというドイツ2強を抑え,2006年の新規加入者の獲得シェアでトップの成績を上げた。

図2●2006年末の携帯電話加入者の累計シェアと新規加入者の純増シェア
図2●2006年末の携帯電話加入者の累計シェアと新規加入者の純増シェア

 顧客維持・獲得で苦戦するT-Mobileは,価格競争で相対的に劣勢に立つ状況の打破を狙っている。2007年初めから既に対抗策の第一弾として,若年層向けの安価な定額制料金プラン「Max Young(現Max Friend)」を提供していた。今回の格安ブランド立ち上げは,その方向性をさらに一歩進める施策となっている。

 しかしこの動きについて,金融市場ではT-Mobileおよびドイツテレコムの対応が遅きに失した,との評価がある。また,コングスターのサービス内容自体も他ブランドと比してインパクトが十分ではないとの判断から,ディスカウンターへの顧客の流れを食い止める有効な手段となり得るか,懐疑的な見方があるのも事実だ。

 ドイツ国内では,格安料金を特徴としたMVNOや回線再販業者などが携帯電話市場で活発に動いている。こうした事業者のユーザー数は,ドイツ全体の携帯加入数の約25%前後を占めるといわれている。そのような中で,果たして国内最大手のキャリアがディスカウンター対策で打った手が同国市場でどのような波及効果を生むのか。注目すべき動きになっている。

渡辺 祥(わたなべ しょう) 情報通信総合研究所 研究員
1995年NTT入社。法人営業部を経て,1998年よりNTT国際ネットワーク,NTTコ ミュニケーションズにて国際通信事業の立上げ・拡大に携わる。2005年より現 職。海外の移動通信市場や事業者動向に関する調査研究を担当。


  • この記事は情報通信総合研究所が発行するニュース・レター「Infocom移動・パーソナル通信ニューズレター」の記事を抜粋したものです。
  • InfoCom移動・パーソナル通信ニューズレターの購読(有料)は情報通信総合研究所のWebページから申し込めます。
  • 情報通信総合研究所は,情報通信専門シンクタンクとして情報通信をめぐる諸問題について解決型の調査研究を中心に幅広く活動を展開しています。
  • InfoCom移動・パーソナル通信ニューズレターは,1989年創刊のニュース・レター。海外の移動体通信に関する様々な情報を月1回継続的に提供しています。世界各国の携帯電話事業者の概要や加入数などのデータをまとめた「InfoCom移動・パーソナル通信ワールド・データブック」(年2回発行)とともに,総合的な情報提供サービス「InfoCom世界の移動・パーソナル通信T&S」として提供しています。