携帯端末とその上で動くアプリケーションを根本的に自由化する──。通信史上において画期的な政策転換が米国で決定された。この新政策は,今年7月31日に米FCC(連邦通信委員会)が採択した「無線インフラのオープン・アクセス・ルール(Open Access Rules)」。これによりGoogleやSkypeなどIT企業がモバイル・ビジネスに本格参入し,斬新な端末やサービスを提供すると期待されている。また日本でも総務省が「オープン型モバイルビジネス環境」という呼称で,同様の政策を提唱。成熟した携帯電話ビジネスを再活性化するため,日米の行政当局は軌を一にして競争促進政策へと舵を切った。


 Open Access Rulesは,間近に迫ったアナログ・テレビ放送波の競売をターゲットにしている。米国では2009年のデジタル・テレビ放送開始に伴い,アナログ放送用の700MHz帯の電波が国に返還される。この周波数帯の電波は障害物を迂回して遠くまで届きやすいという特性を持つため,携帯電話などモバイル・サービス用の無線インフラには最適だ。

 FCCは,この700MHz帯を2008年1月頃に競売にかける見込みだ(図1)。その対象は高域部分の60MHz幅。その約3分の1に当たる22MHz分の帯域については,入札に参加する企業に対し,「落札した電波で作るモバイル・ネットワーク(無線インフラ)には,そこで使う端末の仕様やアプリケーションに関して,いかなる拘束も課してはならない」という条件を課す。また,これまで携帯電話端末は一つのキャリア(携帯電話サービス事業者)でしか使えなかったが,これをどのキャリアのサービスでも利用できるようにする。以上が「Open Access Rules」である。

図1●米国における700MHz帯の再編と競売の様子
図1●米国における700MHz帯の再編と競売の様子
2007年7月のFCC(連邦通信委員会)の決定により,700MHz帯の高域部分60MHz幅のうち22MHz分についてはオープン・アクセスを条件に競売にかけられることになった(総務省の資料を基に作成)。

 この政策には,「規制による自由化」という逆説的な側面がある。というのは,これまでもモバイル・ネットワーク上の端末やアプリを拘束する規制や法律は存在しなかった。しかし実際は,キャリアが無線インフラの独占力を行使して,ユーザーが使う端末やアプリケーションの自由度を制限してきたのだ。そこで「オープン・アクセス」では,逆に「そのような制限をしてはならない」という規制をかけることで,端末やアプリの自由化を促そうとしている。

キャリアが恐れる「Skype携帯電話」

 では,そもそもキャリアはなぜ,これまで端末やアプリ(サービス)の自由度を制限してきたのか。それは勝手なものを作られたり使われたりすると,キャリア自身のビジネスモデルが危うくなるからだ。たとえば「Wi-Fi」と呼ばれる無線LAN機能がそれである。

 Wi-Fiは最近発売されたアップルのiPhoneなど,ごく一部の例外を除いて,米国の携帯電話には装備されていない。なぜなら,もしも無線LANが付いていれば,携帯ユーザーはそれを使って固定系インターネットに接続し,無料コンテンツをどんどんダウンロードしたり,いずれは無料電話のSkypeを使うようになる可能性があるからだ。そうなると,たとえば携帯向け音楽配信をはじめとしたキャリアのコンテンツ販売収入は激減し,やがては通話料収入もかなりのダメージを被ることになる。

 こうした事態を未然に回避するため,キャリアは端末やアプリの開発に縛りをかけてきたが,それに異議を唱えたのがIT業界である。まず2007年2月にSkype(eBay傘下)がFCCに対し,いわゆる「カーターフォン裁定(Carterphone Regulations)」のモバイル端末への適用を申請した(図2)。カーターフォン裁定とは,FCCが1968年に下した「(固定系通信)ネットワークに損傷を与えない限り,通信ネットワークに自由な端末を接続することを認めた裁定」である。これにより米国では,それまでAT&Tが提供していた画一的な「黒電話」とは異なる,多様な電話機が使えるようになった。

図2●米国におけるカーターフォン裁定の携帯端末への適用を巡る議論
図2●米国におけるカーターフォン裁定の携帯端末への適用を巡る議論
(総務省の資料を基に作成)

 今回,採択されたオープン・アクセス政策は,このカーターフォン裁定,さらには2000年頃から争点に上り始めた「(固定系の)ネットワーク中立性(Network Neutrality)」(注1)の議論を,モバイル・ネットワークにまで拡張したものといえる。しかし現在のオープン・アクセス政策は,過去のカーターフォン裁定などとは比較にならぬほど,既存キャリアに大きな影響を及ぼすと見られている。

 たとえば2月のSkypeの要求は,要するに昔の裁定を引き合いに出して,「携帯電話端末にもSkypeソフトの搭載を可能にしろ」と言っているわけで,これが実現すれば,多数の携帯電話ユーザーがWi-Fiを利用するなどして,Skypeの無料通話に流れてしまう。当然ながらCTIA(Cellular Telecom Industry Association)を中心とする,米国の既存キャリア業界は猛反対した。