トヨタIT開発センター 代表取締役社長 宮田 博司氏
トヨタIT開発センター
代表取締役社長
宮田 博司氏

 ITS(高度道路交通システム)のねらいは、ITを活用した交通社会づくりにある。事故や渋滞、環境負荷などの負の側面を限りなくゼロに近づけることと、運転の楽しさ・心地よさの最大化とを高い次元で両立させる。そのためには、クルマ、人、交通環境の三位一体での推進が欠かせない。

 日本では、数々の官主導プロジェクトをまとめる形で、96年に5省庁ITS全体構想が策定された。2000年ころに本格実用期に入り、2006年には、政府のIT新改革戦略の重点テーマの中に「世界一安全な道路交通社会」が盛り込まれた。


クルマ/人/道路の協調で事故死者を半分に減らす

 交通安全面は画期的に進歩している。例えば、事故の原因となる認知ミス、判断ミス、操作ミスの3段階で、クルマによる支援が進んでいる。実用化された技術としては、操作支援による横滑りやスピンの防止、衝突前にシートベルトの巻き取りやブレーキの補助で安全性を高めるシステムなどがある。また、GPS(全地球測位システム)を使った緊急通報システムや、ETC(自動料金収受システム)による渋滞緩和なども実用化されている。

 IT新改革戦略では、2012年に交通事故の死者数を半減させることを目標にしている。実現するには、人、道路、クルマが協調するシステムの導入が必要だ。技術開発では、路車間の協調システムがポイントになる。

 道路とクルマが協調する安全システムの例としては、衝突事故を防ぐために交差点に設置する「車車間通信エリアインフラセンサー」がある。安全運転の面では、道路情報を提供して運転操作を助けるシステムや、交通管制システムのインフラを利用した運転支援システムが実用化されてきている。

 2006年には官民一体連携会議が設置され、2008年の大規模実証実験、2010年の全国実用化をめざしている。この推進には、カーナビ、VICS(道路交通情報通信システム)、ETCなど、多様なシステムの融合によるコストダウンがポイントになる。

 次世代道路サービスとしては、公共駐車場でのキャッシュレス決済、道の駅やサービスエリアでの道路情報などの提供、道路上における交通情報の提供などを計画している。さらに、一般車、タクシー/バス、トラックなどの位置情報データを、共通のソフトウエアプラットフォームで一元化して集め、面的に広がった綿密な交通情報として活用できるようにするための取り組みも始まっている。

都市環境と物流も改善,渋滞とCO2は50%削減

 産業競争力懇談会(COCN)は、2006年度に、都市・交通の再生と高度物流システムの実現をめざした「交通物流ルネサンスプロジェクト」に取り組んだ。ITSの分野では、産学官タスクフォースに地方自治体が参画する体制で、第1期から3期にわたる実証実験を提案した。第3期では、渋滞損失時間の50%減、CO2排出の50%減、交通事故死者を限りなくゼロに近づけることを目標にしている。

 新しい都市内交通システムでは、人を運ぶ「ビークルロボット」が歩行者と共存し、自転車などが利用する低速路と自動車用道路を分けることを提案。物流では、トラック荷物を都市環状集配センターで載せ直し、都心部や工業地帯へ配るシステムを提言している。これらを実現するため、安全運転の支援や交通流を円滑化するためのシステムのほか、通信・ネットワーク、センサー、セキュリティなどの基盤技術を開発していく。

IT産業と手を組み日本のITSを世界へ

 トヨタIT開発センターは、より豊かな自動車社会の実現に向け、ITの活用を推進している。ITの世界の技術をクルマの世界で使えるようにして、オープンなイノベーションを起こし、新たな価値をつくり出す。

 ネットワーク分野では、路車間通信/車車間通信での周波数帯を研究している。大型車や建物による電波遮へいへの対策やインフラ未設置個所での通信の確保には、クルマ同士で電波を中継できる程度に車載機が普及していることが条件になる。一方で車載機の普及に伴い、周波数の利用効率や信頼性は低下する。

 これらの問題を解決する技術として、「車群通信」を提案している。管理された車群ネットワーク内で最適なメッセージ伝達を行って、確実な通信路の確立、素早い情報伝達、無駄な通信の抑制を実現する。

 また、通信方式ごとに別個のモジュールで行っている信号処理を、1つのICで賄う「ソフトウエア無線」の研究開発も進んでいる。さらに、端末や基地局が周囲の電波状況を認識して最適な周波数や方式で通信を行う「コグニティブ無線」のプロジェクトにも参加している。

 これらを支える基盤ソフトウエア技術は、(1)ECU(電子制御ユニット)上のCPU資源の有効活用、(2)クルマ内の複数のECUによる負荷分散、(3)クルマ-インフラ間またはクルマ同士のグリッド連携という、3つのフェーズで研究を進めていく。

 ソフトウエア開発環境については、サービス記述からテストフェーズまで一気通貫の開発手法を実現する自動化ツールチェーンの実現をめざしている。将来的には、車両内に混在する制御系と情報系を統一的に扱える開発手法を研究していく。

 また、ドライバーの意図や状況を理解する技術の研究にも着手している。クルマの知性である「カーソナリティ」をつくり、ドライバーが楽しく対話しながら運転したり、ネットワークを介して携帯電話やホームエージェントとつながったりするようなものである。

 ITSは、日本が世界をリードできている大きなシステムである。IT産業の力を借り、一緒になって、ぜひ日本から世界に持っていけるようにしていきたい。