キヤノン電子 代表取締役社長 酒巻 久氏
キヤノン電子
代表取締役社長
酒巻 久氏

 企業経営において、最も大事にすべきなのは人間だと思う。そして、社員の能力を発揮させ、努力を正当に評価することが企業を活性化させることになる。

 私の信念は、「企業は利益を出して税金を払い、社会に貢献しなくてはならない」というもの。国や地方自治体、社員、株主にも貢献する必要がある。しかし社長に就任した1999年当時、当社の売り上げは赤字同然だった。そこで「10年間で利益率を20%にし、世界トップレベルの高収益企業となる」という目標を定めた。


現状を打開する4つのポイント

 「社員を大事にする」「無駄を省く」。この2つを基本方針として経営改革に着手した。企業活性化の基本となるのは社員の意識改革だ。そのポイントは4つある。

 第一に、経営者から管理職、担当者レベルまで、「今のままではだめだ」という危機意識を持たせること。第二に、丸投げの体質を変えること。上司から部下へ、部下から外注先へと仕事が丸投げされれば、責任の所在が不明確になる。指示待ちで自主性ゼロの体質を転換し、自ら考え、プロセスを決め、結果に責任を持つ人間に変えていこうと考えた。

 第三に、人間は飽きやすいものだと認識し、飽きさせない、緊張感を持続させる仕組みを作ること。仕事には「連続的展開」と「非連続的展開」の2種類がある。「継続は力なり」ではあるが、ある時、まったく違うところに飛び越えるような非連続的展開も必要になる。

 私がキヤノンの生産本部長だった時、工場の組み立てラインにセル生産方式をテスト導入した経験がある。150人ほどを選抜してセル生産方式を実行すると、生産性は30%向上した。1カ月後にベルトコンベアに戻し、30%のスピードアップを図ってみたところ、これにも対応できた。長年続けたやり方では、仕事に飽きて緊張感をなくしていたのだ。緊張感を与えれば、生産性が向上することを実証できた。

 同様に、たとえ最新の機械設備やシステムを導入したとしても、完成した時点から老化、時代遅れが始まることを認識し、入れ替え時期を常に頭に入れておく必要がある。第四は、事業環境の変化を企業改革と意識改革のチャンスだととらえることだ。

人を中心に置いた経営を実践

 意識改革を実行する方策が2つある。1つは、自分たちの目指す姿を明確にし、分かりやすい企業ビジョンを創造すること。目標は数値化し、個条書きにする。

 もう1つは、人事部門の意識改革を行い、構造改革の仕掛け人にすること。従来の長時間残業を高く評価するという価値観を変え、人の価値や成果を時間の尺度だけで決めないようにすることだ。人事部門は、「時間イコール賃金」から「貢献度イコール賃金」の考え方に転換して新しい評価システムを作り、社員が創造的な自己を実現するよう誘導していくことが求められる。

 また、自主性の高い自律分散型の組織にすると同時に、権限の委譲と責任の明確化を図ることが肝要だ。

全員参加型の意識改革運動

 企業ビジョンを創る際、全社員に「キヤノン電子がどういう会社になってほしいのか」を考えさせた。企業ビジョンは、社長室や経営企画室が作るケースが多いが、それではトップの考え方を末端まで浸透させられない。特に、製造業では7割が現場で働く人であり、現場に理解されることが重要になる。

 全員参加型で集まったビジョン案は約2000件。これを分析して8つのビジョンを設定した。最も多かったのは「人間尊重の経営を守る」だったが、8つあれば、いずれかに自分の考えが反映されることになり、当事者意識が芽生えた。

 さらに、「経常利益20%」という誰もが覚えやすい数値目標と、この目標を達成する手段として「TSS1/2」を掲げた。TSSはTime、Space、Savingを表し、時間、空間、移動距離、不良率などを半分にすることで生産性向上を目指すもの。例えば工場の面積を1万平方メートルから5000平方メートルにする。また、部品のビスが4本あり、締めるのに4秒かかるとすれば、2秒に短縮するにはどうすべきかを考える。このように、すべての仕事において「2分の1にする」という目標を設定し、その方法を考え、実行した。

 もう1つの取り組みが「ピカ一運動」である。これは、4人が1チームになり、目標を決めて「世界一を目指す」ことで意識改革を促す運動。半年に一度、目標を達成したグループには表彰状と金一封を贈る。テーマ設定は自由で、遊びの範ちゅうでもかまわない。これまで「体脂肪率を1ケタにする」「会社で1日1万5000歩を歩く」など、さまざまなテーマが挙がった。

 中でも会社に貢献したのが、50代の女性チームが達成した「世界一、朝早く出社する」というテーマだった。通常の始業時間は朝8時だが、世界一早い出社時間を6時半と決め、1時間半早めることにした。

 主婦である彼女たちは、まず子供を2カ月かけて説得し、食事の支度などの問題をクリアして7時半に早めることに成功。次に夫を説得して7時に、最後に両親を説得して遂に目標を達成した。やさしいところから始め、成功体験によって自信をつけ、次のステップに移るのが仕事の鉄則だが、こうしたやり方を教えなくても、自分たちで考え、実行し、体得することに意義がある。

 このような「人間中心の企業改革」を実行した結果、この7年間で利益率は1%から14.2%に向上した。社員の意識を改革し、自ら考え、実行し、評価する習慣をつければ会社は間違いなく変わる。