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木下 敏之(きのした・としゆき)

木下敏之行政経営研究所代表・前佐賀市長

1960年佐賀県佐賀市生まれ。東京大学法学部卒業後、農林水産省に入省。1999年3月、佐賀市長に39歳で初当選。2005年9月まで2期6年半市長を務め、市役所のIT化をはじめとする各種の行政改革を推し進めた。現在、様々な行革のノウハウを自治体に広げていくために、講演やコンサルティングなどの活動を幅広く行っている。東京財団、富士通総研の客員研究員も務める。著書に『日本を二流IT国家にしないための十四か条』(日経BP社)。

※ このコンテンツは『日経BPガバメントテクノロジー』第16号(2007年10月1日発行)に、コラム「誰のための電子自治体? 第2回」として掲載されたものです。

 以前、電子自治体の推進について、「当面は電子申請の普及は見込めないので、まずは内部事務の効率化という住民にとって間接的な道しかない」と提言した。

 だが、ITを活用して住民の利便性が直接的に向上する施策で、すぐにでもできる大事なことが一つある。「総合窓口」である。 市民が市役所に行く時期は集中する。3月・4 月は、住民票の写しや所得証明を取りに来たり、転出入の手続きに市役所を訪れる市民で、市役所1階の窓口は大混雑となる。

 ひどいところでは、(1)転入届けを出し、(2)国民健康保健の手続きをし、(3)子供の学校を決める、までに何カ所もの窓口を回らされ、2時間前後待たされることもある。共働きの家庭であれば、平日しか窓口が開いていない役所なら、どちらかが仕事を休まなくてはならない。

 残念ながら、前記(1)~(3)の三つの手続きを一つの窓口で済ますことのできる「総合窓口」は、全体の約二割程度だ(瀧口樹良富士通総研上級研究員と私が実施した調査結果より。詳細はこちら)。

導入できない理由をつぶす

 総合窓口を導入しない理由として、スペースが狭いという理由を挙げる自治体が多い。しかし、今年5月から7月にかけていくつもの市役所の窓口をさらに実地調査をした結果、ほとんどの場合スペースの課題は解決できることが分かった。

 そもそも、総合窓口は、市役所に来られるお客様の8割程度を一つの窓口で対応できるようにしようというものであり、複雑な相談は担当課にご案内することになる。だから、関係する課が一つのフロアにすべてそろっている必要はどこにもない。

 お客様第一に考えるのであれば、狭いフロアであっても、まず、総合窓口に必要な課を配置し、一階に入りきれない場合には、市民が移動しやすい二階などに残りの課を配置すればよいだけのことである。

 総合窓口を設置するためのお金がないという主張もあるかもしれないが、これまでの調査では、総合窓口化により業務量は減っているところが多い。2001年10月に佐賀市役所が総合窓口を設置したときも、職員3人分のコスト削減効果があった。費用は数年で回収できる。

 総合窓口は、設置の準備も短期間で済む。松山市役所は一年で導入しているし、松山市の指導を受けた佐賀市役所は8カ月で導入を終えた。松山市に行って、導入までの手順や導入後の運用を教えてもらい、研修マニュアルまでそっくり真似し、当時市長だった私が縦割りの業務の調整をして完了である。

 総合窓口を導入すると、最小限の人数で対応できるので、繁忙期の土曜・日曜の開庁がしやすくなる効果もある。総合窓口化だけでなく、少なくとも繁忙期は土曜・日曜は窓口を開けるべきである。

「顧客目線」で考えよう

 ここで、もう一歩進んで住民の立場に立って考えてみると、別の側面が見えてくる。住民は、できれば市役所には行きたくないのだ。そもそも手間がかかるし、これまで、窓口で職員の失礼な対応に不愉快な気分になった経験のある人もいる。

 お客様、すなわち住民が、できるだけ市役所に行かないで済むようにするのが「顧客目線」のサービスである(余談だが、「できるだけ来ないで済むようにする」という表現は「顧客目線」とは言えない。お客様は市役所に「行く」のであって「来る」のではない)。

 そのために次の二つのことを実行しなくてはならない。

 まず、住民票の写しや税証明、印鑑証明などの証明書の発行自体を極力減らすことだ。これらの書類がどこに提出されているか分析し、同じ市役所の他部局に提出されているのであれば、市職員が基幹システムに接続し情報を確認すれば済むように切り替えるべきである。

 例えば、市営住宅に住んでいる人に対しては、毎年担当課に所得証明を提出させている市町村がほとんどだと思うが、兵庫県宝塚市では今年からこれを廃止した。本人の同意の下、市営住宅担当課員が入居者の所得情報を確認しているのである。住民の負担を大幅に減らす取り組みだ。このようなBPRをきちんとしておけば、将来の「使いやすい電子申請」の構築にもスムーズに対応できると思われる。

 二つ目に行うべきことは、どうしても住民票の写しや所得証明などが必要な場合も、時間を節約できるよう身近な場所で取得できるようにすることだ。

 財政難の自治体では支所をたくさん設置することができないが、自動交付機なら可能である。幸い佐賀市役所が韓国製を導入したことにより、自動交付機の価格は一台300万円台で調達できた。最近では全般的に自動交付機の価格は下がってきているようである。ある程度の規模の都市であれば、自動交付機を駅や大規模スーパーなど人の集まるところに配置し、証明書等の発行は機械に切り替えることを目指すべきだ(この場合、住基カード活用にこだわるべきではない)。

さらに進んだ顧客目線とは

 さらに一歩進んだ顧客目線の対応をしている自治体もある。愛知県豊田市である。

 豊田市役所の総合窓口では、転出する人が児童手当を受けていた場合には、窓口ではその場で無料で所得証明を発行する。そして、「転入した市町村で、児童手当の手続きに必要だから持って行って下さい」と言い添えて、証明書を渡している。 住民は、最初から書類がそろっているので、転入先の市町村で児童手当の手続きをスムーズに行うことができる。「顧客目線」のお手本である。さすが、トヨタのお膝元である。今後、このような事例がどんどん増えていって欲しい。

 「顧客目線」--。公務員が最も不得意なものであるが、行政経営においては最も大事なものである。