今年の夏休み期間中,某大学の准教授と食事をする機会がありました。最初はアカデミックな会話でしたが,途中から,最近の大学生の質の悪さに話が移りました。第34回コラムで,分数計算のできない大学生の話をしました。現実のキャンパスは,もっとひどいらしい。「どうしてこのような学生が,わが大学に入ることができたのだろう」と首を傾げたくなるほどのレベルなのだそうです。

 原因は,期の途中からでも入学できる「編入学制度」にあるようです。現代版/裏口入学のテクニックに,筆者は笑いすぎて何度も椅子から転げ落ちました。さすがにそのテクニックをこのコラムで紹介することはできませんが,「○○大学卒業」という履歴だけで学生を採用している企業は,今後,十分に気をつけたほうがいいでしょう。

 学歴に「シグナリング効果」があると唱えたのは,2001年にノーベル経済学賞を受賞したマイケル・スペンス教授です。企業が,面接試験だけで学生の質を見分けることは難しい。だからといって,雇用した後に「質の悪さ」に気づいたのでは遅すぎる。そうした人事採用に伴うリスクを企業側が回避しようとして採用されるのが,学歴や資格といった「シグナル」です。

 高い学歴や国家資格を有する者は,相応の努力=教育費などのコストを自らに投入してきたのだ,ということを,企業に訴えることができます。そこで企業の側でも,高い給与を支払って雇うことになります。

 ただし,シグナリング効果の弱点は,学歴や資格という皮相から発せられるシグナルに注目するだけであって,どういう経過で入学し,どういうことを学んできたか,といった内容まではわからないことです。「○○大学卒業」という履歴に偽りあり,と企業の側から疑われるような学生が増えると,学歴に対するシグナリング効果は崩壊することになります。

個々の社員のマナー違反が企業ブランドを毀損する

 学歴偏重社会に対する批判は昔からありますが,編入学制度などが学歴社会を内部から瓦解させているとは,なんとも不思議な現象です。

 その三日後に話をした某上場企業の人事課長も,「学歴はもはや当てにならない」と嘆いていました。准教授の話と符合するものがあって,筆者はまたまた椅子から転び落ちそうになりました。

 数年前からその企業で採用している人事制度は,派遣社員の中から優秀な人材を探すことだとか。最初から正社員として雇ったのでは人件費が固定費となり,企業にとって当たりハズレのリスクが大きすぎる。派遣社員なら変動費になりますから,繁閑に応じてリスクを分散できる,という理屈です。

 確かに,人件費を固定費とするか変動費とするかで,企業のコスト構造は大きく異なります。それは第13回コラムなどでも述べました。

 こうした派遣に依存する企業が増えるにつれて,人材教育にコストをかける企業が少なくなったような気がします。教育訓練費は,最も節約しやすい間接費だからでしょう。

 それに加えてITの普及に伴い,フリーメールやケータイ電話のメールを使って,ビジネス文書なにするものぞと,筆者のもとへ問い合わせをしてくる例が多くなりました。

 社内で稟議決裁を受けた様子もなく,しかも,ケータイ電話を使って見知らぬ相手にメールを送信することが,ビジネス社会においてどれほど非礼であるかを知らないようです。文頭に「拝啓」を使わないのは当たり前の風。差出人たる氏名の記載がないのはもちろん,所属会社名や自己紹介さえありません。

 見知らぬ人物からいきなり届く電子メールで,タメぐちと顔文字が並ぶ文章は,読んでいて情けないものがあります。

 ビジネスマナーを弁(わきま)えず,かつ,正体不明のメールでは,受け取る相手が胸襟を開いた返信をするわけがない。そういうことを理解せず「どうして返事をもらえないのですか!」と重ねてメールを寄こしてくる厚顔さに,筆者は三たび,椅子から転げ落ちそうになります。

 経営者のみなさん,自社の社員教育に相応のコストをかけてくださいね。

 内部情報の漏洩や商品の偽装表示によって,会社の被(こうむ)るコストは一気に増えますが,個々の社員のマナー違反行為が企業ブランドを毀損(きそん)して,コストを徐々に上昇させている事実も見逃さないようにしてください。特にITの進展は,パソコンやケータイの画面操作に慣れた社員を増やす一方で,対人コミュニケーションの重要性を置き去りにしている傾向があります。

 上場企業だからといって,社員教育が優れているわけではありません。中小零細企業でも,きちんとした社員教育を施しているところはたくさん存在します。

 “上々企業”のコスト管理はひと味違うのだ,ということを,1通の電子メールが教えてくれることがあります。


→「ITを経営に役立てるコスト管理入門」の一覧へ

■高田 直芳 (たかだ なおよし)

【略歴】
 公認会計士。某都市銀行から某監査法人を経て,現在,栃木県小山市で高田公認会計士税理士事務所と,CPA Factory Co.,Ltd.を経営。

【著書】
 「明快!経営分析バイブル」(講談社),「連結キャッシュフロー会計・最短マスターマニュアル」「株式公開・最短実現マニュアル」(共に明日香出版社),「[決定版]ほんとうにわかる経営分析」「[決定版]ほんとうにわかる管理会計&戦略会計」(共にPHP研究所)など。

【ホームページ】
事務所のホームページ「麦わら坊の会計雑学講座」
http://www2s.biglobe.ne.jp/~njtakada/