エス・アンド・アイ 伊藤 英啓


 ITプラットフォームの世界でサーバーやネットワークの「仮想化」という考え方が,企業システムに一般的に採用されるようになってきた。特に,サポート切れOS・ハードウエアで運用中の古いシステムを最新ハードウエア上の仮想環境で「延命」したり,複数のサーバーを「統合」したりする用途で多数の導入事例がある。今では,仮想化技術の導入そのものが高いハードルとなることは,それほど多くないと言えるだろう。

 これに伴い,システム・インテグレーション市場でも,サーバー統合/仮想化のメリットを前面に押し出した各種のサービスや製品が急増している。それらを選ぶ企業の経営者やシステム管理者にとって,仮想化は身近で選択肢の多いソリューションになりつつある。

 しかしながら,一方で新たな問題も生まれている。仮想化ソリューションの導入事例が増えるにしたがい,「仮想化を導入しても,期待した成果が得られない」というケースが多いことも分かってきたのである。

 仮想化技術の成熟に伴って,「運用管理の効率化」や「コストダウン」といった大きなメリットが知られるようになった。その半面,「仮想化すれば何でも解決できる」「仮想化すればとにかくコストが削減できる」といったような『誤解』も広がっているようだ。このような誤った認識が,新技術を採用するときのリスクと並んで,失敗を招く原因となっている。

 では,仮想化の導入を成功させるにはどうしたらよいだろうか。それには,2つの基本的なことを実施する必要がある。第1に,「検討対象のシステムが仮想化に向いているか,それとも向いていないのかを慎重に判断すること」。第2に,「実際の移行作業から運用段階に至るまで,綿密な計画を立てること」だ。ともすれば当たり前のことではあるが,こと仮想化技術を導入する場面においては,見過ごされがちとなっている。

 本記事では,これまでに手掛けてきた多数の仮想化導入事例を基に,仮想化を導入する際に見落としがちなポイント,逆に言えば成功のために押さえるべきポイントを紹介する。計画から導入後の運用にわたって,10の落とし穴をピックアップした。

落とし穴1

仮想化と表裏一体の問題を甘く見る

 仮想化の導入を検討するユーザー企業から,最初の検討段階で「仮想化環境で動かないサーバー・アプリケーションはあるのか?」という質問を非常に多く受ける。技術的には前述した通り,ほとんどの場合で「仮想化できないものはない」という回答になる。

 しかしながら,「仮想化できるか,できないか」というのは課題の一部でしかない。仮想化によって,システムが快適に使えなくなったら困るし,本来の目的である運用管理の効率化やコスト削減ができなければ意味がない。そういう意味では,必ずしも仮想化に向かないシステムがある。

 例えば,古いシステムを最新ハードウエア上の仮想環境で延命する場合を考えてみよう。古いシステムを最新のサーバーで稼働させれば,CPUの処理能力が数倍になっているので,たいていはCPU使用率に大きな余裕ができる。そこで,いくつかのシステムを同居させる(すなわちサーバーを統合する)のが一般的だ。仮想環境なら,サーバー統合は容易である。

 しかし,この仮想化とサーバー統合により,ハードウエア・リソースの一部がひっ迫することがある。仮想化を導入する前,サーバーを別々に運用していたときはディスク・アクセスやネットワークのI/Oに余裕があったとしても,複数のサーバーを統合することで,それらのI/Oがボトルネックになるのだ(図1)。

図1●仮想化に伴ってサーバーを統合すれば,ネットワークやディスク・アクセスなどのI/Oが集中して,ボトルネックになることがある
図1●仮想化に伴ってサーバーを統合すれば,ネットワークやディスク・アクセスなどのI/Oが集中して,ボトルネックになることがある
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 ある企業の例では,300人ほどの社員が使う出退勤システムを仮想環境に移行させたところ,期待したパフォーマンスが得られなかった。仮想環境下でディスク・ストレージを他のアプリケーションと共有していたため,出退勤のトランザクションが集中する時間帯に出退勤システムのディスクI/Oがボトルネックになってしまったのだ。

 読者の中には「これは仮想化の問題ではなくて,サーバー統合の問題だ。あらかじめ大きなリソースを確保しておけばよい」と考える方が多いだろう。もちろん,その考えは正しい。ただ,仮想化技術を導入するプロジェクトでは,「仮想化したい」という目的ばかりに関心が向いてしまい,その裏にあるサーバー統合の問題を甘く見る傾向がある。これが落とし穴となって,プロジェクトを失敗に導くのだ。

 同様の例をもう1つ紹介しよう。今度はネットワークがボトルネックになるケースである。営業所などの遠隔地に分散したサーバーを,管理の効率化のために仮想化して1カ所に集約したいと考える企業は多い。だが皮肉なことに,こうした例ほど地方の小さな拠点にまでWANの帯域を十分に確保するのが難しかったりする。仮想化はできても,利用者のパフォーマンスが著しく低下する事態を招きかねない。この点をよく考えておかないと,仮想化のプロジェクトは失敗する。

 I/O系のリソースがネックになり得る代表的なアプリケーションとしては,ディスクI/Oが多くなるメール・サーバーやデータベース・サーバーなどが挙げられる。1回のI/Oで大きなデータを転送するファイル・サーバーでも,場合によってはボトルネックが発生する。総じて,トランザクションの多いアプリケーションは性能上の問題が起こりやすく,「仮想化すべきかどうか」まで含めて慎重な検討を要する。


伊藤 英啓(いとう ひであき)
 エス・アンド・アイ コンバージド・プラットフォーム事業部 副事業部長 兼 サーバー技術部長。1990年前半より,NetWare,LAN Manager,Windows NTなどのネットワークOSを中心に,SEとしてサーバー・ビジネスを担当。近年では,IBM BladeCenterを中心としたサーバー統合と仮想化に取り組み,電力消費の削減や運用管理の負荷低減の実現にまい進している。「地球環境にやさしい“統合・仮想化”の推進こそ,まさに我が社のCSR(企業の社会的責任)活動だ!」をモットーに,新たなビジネス・エリアの確立と拡大に向けて奔走する毎日。