これまでの分析により,日本の携帯電話メーカーの競争力が低下した原因は,端末の競争市場が実質上存在しないこと,そして垂直統合的な産業構造そのものにあることがわかった。昨今,総務省はメーカーの国際競争力の問題に注目するようになり,様々な議論を行ってきた。しかし,その議論の経緯や打ち出している方策を見る限り,小手先の改善と様子見の意味合いが強く,内務官僚主導の議論からはかえってその限界を見せられた気がして仕方がない。今回は,これまで国内で交わされてきた議論を分析した上,筆者なりの考えをまとめ,提言を行いたい。

官庁主導の総務省による議論の限界

 今年1月から総務省が開催している「モバイルビジネス研究会」(写真1)が内外から注目を浴びている。端末メーカーの国際競争力獲得への道筋が大きく開かれると期待されたこの研究会だが,後に議論の焦点は消費者の不公平感の解消に移り変わった。中心的な検討項目であるはずの販売奨励金とSIMロックについては,端末およびサービスの料金体系を明確にするにとどまった。案の定,垂直統合の販売モデルの打開という最も根本的な命題から逃げて,解決策は得られないままでいる。

写真1●モバイルビジネス研究会
写真1●モバイルビジネス研究会
携帯電話・PHSの各事業者の社長がそろって議論を重ねている。
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 8月29日に行われた最新の会合までの議論を見ると,端末市場の競争環境の是正がなされないまま,販売奨励金だけに手を打つことになりそうだ(編集部注:記事執筆後の9月18日に第10回会合が開かれた)。しかし,メーカーの命運がキャリアに握られている現在の産業構造を変えないかぎり,販売奨励金の見直しだけでは国内市場が縮小し,キャリアによる国内メーカーの使い捨てが始まるにすぎない。モバイルビジネス研究会の議論からは,日本の移動通信産業が依然としてキャリアに支配されていることを改めて確認させられた。本格的な構造改革がとりあえず2010年まで先延ばしにされる間に,国内にはすでに第3世代(3G)携帯電話を諦め,その先に来る3.9G,4Gに期待をかけるムードが漂っている。

 これらに先立ち,2006年5月に総務省が開催した「携帯電話の国際戦略に関する勉強会」でも,「携帯電話メーカーはもっとリスクを取るべき」,「メーカー自身が直接消費者に販売していくマインドに切り替え,製品開発に取り組むべき」など端末メーカーへ責任の押し付けが目立っていた。

 いずれにしても,国内で総務省が主導して行った端末の国際競争力に関する数多くの議論では,核心である産業構造の改革に真正面から立ち向かわず,根本的な解決策を明示できなかった。今の産業構造を作った張本人とも言える総務省に,今さら“創造的な破壊”を求めても無理がある。それは本格的な構造改革を20年以上も先伸ばし続けてきた官僚の限界でもある。

競争環境の整備が放置され続けてきた

 1994年,日本は通信キャリアによる端末のレンタル制を廃止し,端末の売り切り制を導入した。それに先立って,総務省では端末の完全売り切り方式と事業者売り切り方式について,比較検討が行われていた。1992年の報告書は,「販売主体を制限する事業者売り切り制度では,メーカー間・販売店間の自由競争による市場の活性化が多くは望めず,透明な手続きの下で製造販売の機会を均等に保証するため,販売主体は限定しない完全売り切り制度が望ましく,これは諸外国の制度とも整合性がとれたものである」と結論付けている。

 端末の売り切り制が始まった当初,NECなどのメーカーは自社ブランド製品を直接市場に打ち出した。しかし,当時は携帯電話の加入手続きがまだ煩雑であったため,やがて圧倒的な力を持つ通信キャリアによる販売が主流となった。問題なのは,その後である。総務省は,自ら定めた産業指針に背を向けた販売方式が主流になっても,踏み込んだ判断を下さなかった。端末市場の競争環境に歪みが生じる恐れがあるにも関わらず,長い間市場環境の整備は放置されてきたのだ。

 一方,EUは1988年に「端末機器市場の開放に関する指令(88/301/EEC)」をすでに採択していた。この指令は通信事業者による端末の独占的提供を終了させ,端末機器の自由な提供を実現させるものであった。GSMが世界のデファクトスタンダードになるのにも,重要な役割を果たしたに違いない。

 隣の韓国に目を向けても,韓国政府は,競争環境の整備に腐心してきた。市場の支配的な事業者に対して手を緩めず,経営資源や経営手法において非対称的な規制を課してきた。市場シェア5割の通信キャリアSKTに対しては,鉄塔共用の義務,料金規制,接続規制などで他社とは異なる規制を実施してきた。

 2004年1月から始まった番号ポータビリティ制度も,事業者間において非対称な形で開始している。具体的には,2004年1月から6月までの第1段階は,SKT加入者の転出だけが可能であった。2004年7月から12月までの第2段階では,二番手のKTF加入者の転出が可能になり,2005年1月以後ようやく三番手のLGテレコムの加入者にも適用された。

 そして,第2世代の端末に対し,韓国では販売奨励金の適用を禁止してきた。大きな体力を持つ通信事業者はより多くの販売奨励金を拠出でき,それが公正な市場競争を脅かすことが理由である。国内のモバイルビジネス研究会で検討されている販売奨励金問題とは出発点が異なるのだ。市場の公正の競争環境を保護するという原点に基づいたこの政策により,メーカー側は販売奨励金に依存しない開発体制の確立を競い,メーカーの国際競争力の向上につながったわけである。

 最も競争的な市場は,米国である。1984年にAT&Tが分割されて以来,競争による成長の路線を常に貫いている。その根拠は,これまでIT産業で公正な競争環境が残した実績である。1965年,独禁法への抵触を恐れ,IBMは自主的にソフトウエアとハードウエアのアンバンドリングを実施した。ソフトとハードの流通や料金が分離されたことにより,独立系ソフトウエアベンダーの勃興が始まり,米国ソフトウエア産業の繁栄の源になった。また,AT&Tの分割により,AT&T内部で蓄積した知識やノウハウが外部に流出し,PCのネットワーク化のイノベーションに重要な役割を果たしたと評価されている。

 日本国内では,最近ようやく競争環境の重要性が気づかれてきて,「新競争促進プログラム2010」といった競争ルールの見直しが検討され始めた。しかし,支配的な企業に対する姿勢が,諸外国に比べてまだまだ甘すぎる。甘い対策しか打ち出せない理由は,総務省が現状に対して“創造的な破壊”を実施する器量がなく,従来の成長路線と競争による成長路線という二つの異質なものに無理やり二股かける“窮余”の一策を講じるしかないからである。