大規模災害などが発生したときに重要な業務を継続する―これを目的に企業は、BCP(事業継続計画)を策定し、BCM(事業継続マネジメント)を推し進める。一方で、企業は地域社会の一員であり、従業員はその住民である。地域防災の担い手として、どう貢献するかも、企業のBCP/BCMとしては重要なテーマだ。連載の最終回は、地域社会における企業のBCP/BCMを取り上げる。


 「あれ?電車の速度が落ちていない!」。そして電車は、乗客が危険を感じるほどの猛スピードでカーブに突入した―。

 2005年4月25日9時18分ごろ、JR福知山線の塚口駅と尼崎駅の間で、脱線事故は起きた。カーブを曲がり切れなかった車両は、1両目が横転しながら線路脇のマンションに突っ込んで大破。2両目はマンションの壁面に衝突し折れ曲がった。兵庫県JR福知山線列車事故検証委員会が2006年1月に出した報告書によると、死者は乗客・運転士合わせて107人、負傷者は549人に上る。戦後の鉄道事故では4番目の死者数を出す大惨事となった。

 尼崎市消防局や兵庫県警察といった現場で対応する行政組織は、事故発生から30分以内には組織体制の整備を終え、救助活動を行っている。市や県でも、それぞれ対策本部が設置され、各機関の連携はおおむねうまくいったようだ。そして注目すべきは、現場の近隣住民や事業所なども救助活動にいち早く参集したことである。特に日本スピンドル製造の事故への対応は素晴らしかった。

 機械などのメーカーである同社の本社・工場は、事故現場のすぐ南側に位置している。事故発生後、速やかに社長が「工場操業の中断、全社員による救援活動」を決断。大破した車両からの被災者救出、安全な場所までの誘導・搬出、傷の手当て、病院への移送といった救援活動を行った。活動に際しては、工場内にあった工具や消火器、救急セットなどを供出したほか、工場内にテントを設営し、構内道路を開放して移送経路を確保した。

 もちろん、救出活動を行ったのは同社だけではない。例えば尼崎中央卸売市場は負傷者の患部を冷やすための氷を大量供出するなど、それぞれの事業内容に応じて持てる能力や資源を持ち寄って救出活動に当たった。

 このような、災害時における「地域との協調・地域貢献」は、今後の企業活動として求められるものの一つといえる。内閣府が2005年8月に打ち出した『事業継続ガイドライン第一版』も、本業の事業継続とともにこの項目を挙げている。具体的には、(1)義援金の提供、(2)避難者へ自社の敷地や建物の一部を開放、(3)保有する水、食料その他の物資を提供、(4)地元地域の災害救援業務を支援するために必要とされる技術者の派遣、(5)社員のボランティア活動への参加―などだ。JR福知山線脱線事故での日本スピンドル製造の活動は、(2)(3)に加えて、工場の板金技術者などが救出活動にあたったという点で、(4)が行われた。

 地域との協調や貢献では、必ずしもITは必要ない。ただ、ITが活用できる場面も少なくない。

情報を共有し、適切な支援を素早く

 阪神淡路大震災では、一時的にしろ閉じこめられたり倒壊家屋の下敷きになったりして、“だれか”に救助された人が住民の4%、約3.5万人いた。その8 割は、近隣の住民や事業所の人などによって救助されたとみられている。このことに着目した活動に、NPO法人横浜青葉まちづくりフォーラムが実施団体となって行っている「いのちの地域ネット~安心重機ネット~」がある。内閣官房都市再生本部が実施した平成18年度全国都市再生モデル調査事業にも選ばれた「安心重機ネット」は、企業がITを活用して地域防災力強化の一翼を担おうとするとき、参考になる。

 工事現場などには、いざ災害が発生したとき、倒壊家屋の下敷きになってしまった人を救出するのに役立つ小型重機や道具がある。神奈川県横浜市青葉区だけで、そうした重機が4000はあるという。これらを活用できれば、近隣住民などによる救助活動にとって大きな力になる。そこで、小型重機やフォークリフトの所在マップを電子的に共有し、災害発生後3時間以内に、近隣住民や地域の事業所が協力して被災者の救出を行えることを目指し、安心重機ネットは始められた。

 所在マップへの登録は、建設、リース、造園、電力、印刷などに携わる企業などが行い、平時から重機とオペレータの所在情報を入力する(図1)。災害時には、所在マップへの登録情報とGPS付き携帯電話の位置情報を基に、被災現場近辺の重機やオペレータの所在情報を検索。必要に応じて派遣を要請する。要請は行政機関からだけでなく、町内会や自治会などからも可能としており、より被災現場に近いところからのニーズを即時に汲み取ることができるようになっている。

図1●「いのちの地域ネット:安心重機ネットワーク」の概念図中央防災会議「災害被害を軽減する国民運動の推進に関する専門調査会」(第5回)資料を基に作成した
図1●「いのちの地域ネット:安心重機ネットワーク」の概念図中央防災会議「災害被害を軽減する国民運動の推進に関する専門調査会」(第5回)資料を基に作成した

 企業からすれば、災害発生時に自社が保有する資源を地域で有効活用してもらうことで、地域に貢献できる。事業継続ガイドラインでいえば、「保有する水、食料その他の物資を提供する」と「地元地域の災害救援業務を支援するために必要とされる技術者の派遣」が可能になるというわけだ。

 こういった災害時に使用する情報システムでは、いざというときに使えるように日ごろから“普段使い”しておくことが重要だと言われている。重機の管理やオペレータの就業管理をこのシステム上で行うことで、普段使いにも対応できる。